高校の英語の授業は中学と違って、文法とリーダーに分かれていて何か違うなぁと思ったものだった。
1年の夏休みにI先生がリーダーの『Spring has come 』とかいうタイトルのページを丸暗記するようにという宿題を出した。
『Spring has come 』の内容は忘却の彼方だが、アメリカ人が大リーグの開幕を今か今かと待っている様子が描かれていた。
草木が芽吹き、真っ青な空が広がり、つむじ風が舞って、球場のマウンドが水分を吸って盛り上がってきて・・・、アメリカ人がいかに野球シーズンの開幕を心待ちにしているかが生き生きと書かれていた。
I先生は中学でさんざん教えられた堅苦しい主語、述語とかの文法より、英文というものに触れさせて英語圏の文化を感じて貰おうとしていたようだった。
今年のアメリカ大リーグのMVPに大谷翔平選手が選ばれた。何故か『Spring has come 』のことを思い出した。
二刀流の大谷選手に出会ったアメリカ人が最初は驚き、続いて興味を持ち、そして遂にはその魅力に取り憑かれた姿が重なったからだ。
アメリカ人には「野球は打つゲーム」という原点があるらしい。審判のコールがボール、ストライク、アウトの順番なのはそのためで、日本では長らく「投手」の側に立ったストライク、ボール、アウトの順番だったという。
ノンフィクション作家の佐山和夫氏によれば、アメリカで野球が始まった頃の投手はヒジを曲げずに下手投げで打ちやすいボールを投げ、打者は良い球は必ず打つというルールの下でホームランを競ったようだ。
試合が終わると観戦していた子ども達はホームベース付近に順番待ちの列を作り、投手の優しいボールを打ってはボールを追わない大人達のおかげでランニングホームランを楽しみ、家に帰ると家族にその爽快さと喜びを話した。
「野球は打つゲーム」という原点はこうして受け継がれたという。
中学時代に野球部にいてキヤッチャーで6~7番を打っていた。野球の上手な子は大体エースで4番だった。入部した時の3年生のエースもそうだったし、球を受けていた同級生もエースで4番だった。選抜高校野球も然り。
「打つ」「投げる」が分業化した現代野球だが、大谷選手を見ていると「エースで4番」がそのまますくすくと成長して「4番でエース」になったようだ。
発祥の国で新しい野球感が生まれるとしたら誇らしく嬉しいことだ。
I先生の左手にはいつも真っ白い包帯が巻かれていた。ひよっとして先生は何かがあって諦めたけれど野球が好きで好きでたまらなかったのではないか。大谷翔平選手を見ていてふとそう思った。