楕円と円 By I.SATO

人生も自転車も下りが最高!
気の向くままに日常と趣味の自転車旅を綴ります。

かまぼこ

2022年08月31日 | 日記

道内カブ旅で泊まっていった小田原市在住のOさんから紅白の蒲鉾が送られてきた。

蒲鉾には中学校の修学旅行で行った仙台で、蒲鉾ってこんなに美味しいものなのだとびっくりした想い出がある。

笹の葉っぱを模した「笹かまぼこ」だった。

 

普段食べていたのは原料の魚は僅かでデンプンで増量されたものだったのだろう。

「笹かまぼこ」には魚のうま味があつて硬い!と感じるほどの歯ごたえがあった。

 

小田原と言えば提灯と蒲鉾、魚の干物が名物だ。

紅白の蒲鉾は中学時代の想い出を呼び起こしてくれた。

 

ワサビ醤油で食べながらOさんのひと言を想い出した。

曰く「佐藤宅は旦那が何もしないね。私は食事の後の皿洗いをやっているよ。」

「まぁ家のことをあまりしないのは私も似たようなものだけど。」

 

私は「風呂掃除と2階の掃除機がけは私の仕事。」と返した。

その件はそれで終わった。

無口でのんびりしたOさんだが、元警察官だけあって観察は鋭い。

 

何となく気になっていて、紅白の蒲鉾を食べながら「今晩から後片付けをするよ。」と妻に言って食器を洗い始めたら、

「言われてやるようじゃダメ。それより自分の回りのやるべきことをやってちょうだいな。」

これにはグーの根も出なかった。

 

これで蒲鉾の想い出が増えた。

次にOさんに報告するのが楽しみだ。

 

取り敢えずやることはトイレのスイッチの切り忘れをしないこと、

物を出し放しにしないこと、

と心の中で決めた。

 

 

 


久し振りの農作業

2022年08月29日 | 農作業ヘルパーの記

26日は半月振りの農作業支援だった。

最初に畑の小薯拾い、その後は収獲したカボチャの磨きだった。

 

カボチャは見栄えがよくなるようにタワシの付いた回転ドラムで磨く。

何もそんなことしなくてもいいのに・・・といつも思う。

 

機械収穫で畑に残った小薯は翌年に芽を出すので拾わなくてはならない。

小さな馬鈴薯を炭鋏みで拾って袋に入れ、デンプン原料になる。

 

馬鈴薯には料理の食材用、チップ等の加工用、デンプン用の三つの価格がある。

前の二つは市場で決まるがデンプン用はアメリカから安く大量に輸入されているコーンスターチ(トウモロコシが原料)と競合するので国の制度で価格差が一定程度補填されている。

農家は大抵、三つを組み合わせて栽培している。

 

デンプン用の価格はコンマ1レベルのデンプン含有率で左右されるので農作業をしながら現役の頃の農水省との折衝を想い出すことがある。

調べてみると今も制度は変わっていなかった。

農作物、加工品には内外価格差を財源とした実に複雑な制度がたくさんあるが世間には全くと言ってよいほど知られていない。

 

かくして、自給率38パーセントの国のスーパーの棚にこぼれんばかりに食品は並ぶが、円高とウクライナ戦争は輸入価格を押し上げる方向に働くので今後、制度の財源がどうなるのか心配である。

同じような制度の小麦については、9月からの国内売り渡し価格は変えないことが決まったが、どこかで財源を調整しているはずだ。

財務省の言いなりの岸田緊縮財政はこのような根幹制度の維持とコロナ対策費、防衛費の増額を社会保障費の削減と赤字国債の発行で乗り切ろうとしているのだろうけれど、やがて大幅な増税がやってくるに違いない。

そうなれぱこの国は沈没だ。

 

 

 


国葬絶対反対 

2022年08月27日 | 日記

「安倍国葬」は経費や功績の以前の問題として、法的根拠が無く、税金の支出に国会の議論も無いことが絶対反対の理由だ。

 

ずっ法曹界などから問われ続けている、

 

・根拠となる法律が存在せず、法治主義国家としての基本法理である『法律による行政の原理』に抵触する。

 

・政府が法的根拠としている「内閣設置法」は「組織規範」であり、国葬実施の根拠法にはならない。

 

・国葬実施は内閣の職務を列記した憲法73条のいずれにも該当せず、内閣の権限外の事項である。

 

・国葬の実施には税金が支出され、「税金の使途は国会の議決に基づかなければならない」という「財政民主主義の原則」(憲法83条)の観点から問題がある。

 

・「国全体として弔意を示すべき」として国葬を実施することは思想信条の自由(憲法19条)を侵害することになりかねない。

 

という問題点について、即断した岸田首相から何一つ納得出来る説明は無く、会場費〝2億5,000万円〟だけを一人歩きさせている。

「これくらいで済むなら・・・」という日本人が弱い情実に訴える魂胆が丸見えだ。

 

自分の考えを持たない岸田首相が「安倍国葬」を決めたとは到底思えない。

では吹き込んだのは誰なのだろう。

「やらないのはバカだ。」と言い放った二階元幹事長ら反主流派の自民党長老だとすれば、自民党内のドロドロとした遺恨を国政に持ち込んでいる点でもはや民主国家ではない。

 

国葬をテコに政権基盤を安定させたかった岸田首相を勇気づけたのは、内閣法制局の「吉田茂の先例があるので閣議決定で大丈夫」、財務省の「国会審議をスルーし易い予備費の利用」という進言だったのだろう。

役人を責めるのは簡単だ。

一国のリーダーとして浅はかというよりない。

 

本来、政治の行き過ぎを冷静に制御しなければならない霞が関行政機関が深刻な機能不全に陥っていることがいよいよ明らかになった。

このことの国家的損失は国民が被る。

これも安倍政治の負の遺産である。

 


旅人との想い出

2022年08月26日 | 円 -bicycle-

北海道カブ旅で家に泊まっていった小田原在住のOさんから無事帰宅したとのLineが入った。

ひと安心だ。

 

7月25日に出発して東北を巡って8月1日に大間から函館に上陸するまでは比較的好天に恵まれていたようだったが、道内ではぐずつき気味の天気で、苫小牧から大洗へフェリーで戻る22日頃はほほぼ千歳のGHに滞留だった。

それでも函館、余市、月形、旭川、佐呂間、幕別のルートを回り、樽前山登山も楽しめたのは良かった。

斜里で走行中に携帯を落として全損、中古のものに買い換え、5時間かけて設定し直すというハプニングがあったが。

 

警察官をしていたOさんとは3年前に納沙布岬、霧多布岬で出会い、その後も時々Lineで繋がっていた。

世の中の交流スタイルは明らかに変わった。

 

Oさんが小田原を出る頃、こちらは下関を自転車でスタートして舞鶴に向かっていたが、リアルタイムの視覚的な情報交換は一緒に旅をしているようでもあった。

そして何と言ってもお互い留守宅との定時通信は安心感を共有出来る。

SNSはいろいろ課題もあるが便利な道具である。

 

お互いトシなので今度は何時、ということにはならなかったが、出来れば霧多布キャンプ場で3年前にそうしたようにジンギスカンで乾盃したい。

今年の夏の良い想い出になった。

 

月形キャンプ場 2022.8.4


岸田文雄というマリオネット

2022年08月24日 | 日記

京都から4日ぶりに帰宅してPCを開くと、いつも一緒に朝の自転車散歩をしているAさんがお盆で帰省した家族共々コロナに感染してバタバタだったいうメールに驚く。

本当に感染を身近に感じる。

 

京都では35℃前後の酷暑の中を行ったことの無い庭園、寺社、愛宕山周辺を毎日良く歩いた。

私は自転車は乗れるが妻の方が健脚であるこを認識して安心した。

 

京都は一時、外国人観光客であふれ返って地元の人が路線バスに乗れないということもあったが今はそのようなことも無く、人混みを避けてのんびり散策することが出来た。

帰宅して1日が経ったが今のところ発熱などの症状は無い。

 

コロナ感染者数の把握方法が変わるというニュース。

それも致し方ないが、医療崩壊に何も手を打たない、打てない、岸田文雄という政治家は今回に限らず何事も知事の判断に押しつける手法を取り、ただ霞が関役人の振り付けで踊るマリオネットであることが日々顕わになっている。

 

これはどこの国?

メディアは死んでいる。

 

 


夏の京都に来た

2022年08月22日 | 日記

 

 

 

 

 

 

N響の京都公演を聴きに京都に来て3日が経った。息子が客演することになって、山陰の自転車旅とともに、この夏の楽しみだった。

 

京都は溜まるような盆地の暑さがある。

人混みを避けて嵐山、愛宕山の周辺を歩いていると汗が首筋を伝う。

 

 

演奏会の指揮は秋山和慶、ドボルザークのチェロ協奏曲は宮田大さん。

チェロは人間の声に近い楽器という。

心の喜怒哀楽の襞が振動となってホールに広がるようだ。

コロナで会場での大声は制限されているが、思わずブラボーがかかる熱演だった。

 

ドボルザークは民族音楽の匂いと未来への希望を感じさせてくれて好きだ。

 

 

ベートーベン7番は〃ベト7〃の愛称で親しまれている。

息子が修行時代に漫画でブレイクし、その後、TV、映画にもなった『のだめカンタービレ』のテーマ曲に使われて一躍有名になった。

毎週よく観ていた15年前がオーバーラップして感慨深かく、ジーンとした。

 

流石にN響と宮田大さん、会場のロームシアター京都の3階席までほぼ満席だった。

 

終演して外に出ると昼間の暑熱を冷ますように小雨が降っていた。

ホテルへの道すがら妻と地ビールで乾杯した。

その頃、息子は新幹線に飛び乗って福岡へ向かっていた。

 

 

 

 


野党は街頭へ

2022年08月19日 | 日記

メディアは国会議員(≒自民党)と統一教会の繋がりにご執心だ。

勿論重要なことだが現象面の単調な追求はやがて徒労感を生み、絶対多数の政権を前に無力感だけが残るのは森友、加計、桜でイヤというほど見せつけられてきた。

 

野党は臨時国会の招集を両院の議長に要求しているが政府に対する強制力は無く、これまた過去が繰り返される。

この閉塞感はどうしたものだろう。選挙で野党が勢力を伸ばすより方法は見つからないが暫くはこの機会も無さそうだ。

このまま行くと、自民党の手練手管により野党は蒸発してしまうのではないか。

 

残る手段は国会の閉会中審査だが、これまで成果はあまりない。

省庁の担当職員を厳しく追及しても求める書類が出てきたり、爆弾証言が出るはずも無い。

少しは学習効果を発揮して欲しいものだ。

立憲泉代表は野党共闘に汗をかかなくてはならない。

 

頼みは世論の高まりだが、推進となるメディアには〝大きな力〟が働いていて「寸止め報道」だ。

 

残るは野党の泥臭い活動しかないのでは。

通勤時間帯に手を振るようなことではなく、最近は見られなくなった街頭演説会、外国記者クラブとの会見、新聞意見広告など、原点に戻った訴える力の復活だ。

 

政権は「景気」、「コロナ」、「外交」の重要法案等で揺さぶりを掛けてくるだろうけれど、腐りきった土台には何も建たない。

野党が国会で毅然と「審議拒否」を貫けるかどうかどうか、国民の覚悟も問われているような不祥事の続発だ。

 


自転車旅で歩けなくなった?!

2022年08月17日 | 『私の自転車旅物語』

1996年に日本人で初めてツール・ド・フランスに出場した今中大介氏がプロのロードレーサーは歩くのが苦手ということを本に書いていた。

3週間に亘って、3,000Kmをアルプスを越え、ピレネーを越えて走る強靱な体力の持ち主にして2Kmくらいしか歩けない選手もいるらしい。

使う筋肉が違うということだ。

 

先日、下関から舞鶴まで700Kmを2週間の自転車旅をして帰宅した時のこと。

妻の買い物に付いて近くのスーパーへ向かっていると足の運びにぎこちなさがある。

手の振り、上体の揺れなど身体全体のバランスも悪い。

そうか、これが今中氏の言っていたことかと理解出来た。

 

7時前に出発し、6~7時間くらい自転車に乗り、夕方にテントを張って午後8時には寝てしまう。

毎日この繰り返し。

歩くのはコンビニへの出入りとテントの周辺、それに炊事場とトイレだけだった。

 

舞鶴から小樽までの一昼夜のフェリーの中でも歩くことは殆ど無し。

多少の揺れがあるので歩きの違和感に気付かなかった。

 

2週間が経って元に戻ったが、昨年の津軽半島・龍飛崎から新潟までの旅では感じなかったことにトシを感じる。

道中二人の〝歩きの旅人〟に出会ったが、歩くということは二足歩行のヒトにとってとても基本的な体力、脳のバランス機能を使うということだ。

大事にしたい。

 

《日本縦断歩き旅の青年  2022.7.22  長門→萩 にて》

 

 

 

 

 

 

 


「国葬」のことをもっとオープンに議論すべき

2022年08月14日 | 日記

川柳に「国葬」で国が葬られる・・・という意味の一首があった。

 

神奈川県弁護士会が高岡会長名で安倍晋三元首相の「国葬」実施に反対する声明を発表した。

実に明快で分かりやすい指摘だ。

 

・根拠となる法律が存在せず、法治主義国家としての基本法理である『法律による行政の原理』に抵触する。

 

・政府が法的根拠としている「内閣設置法」は「組織規範」であり、国葬実施の根拠法にはならない。

 

・国葬実施は内閣の職務を列記した憲法73条のいずれにも該当せず、内閣の権限外の事項である。

 

・国葬の実施には税金が支出され、「税金の使途は国会の議決に基づかなければならない」という「財政民主主義の原則」(憲法83条)の観点から問題がある。

 

・「国全体として弔意を示すべき」として国葬を実施することは思想信条の自由(憲法19条)を侵害することになりかねない。

 

岸田首相は憲政史上最長となることや内政・外交の実績、国際社会からの評価などを理由に挙げている。

恐らく内閣法制局の〝時の政府の判断〟というような曖昧な見解に基づき政治決断をしたのだろう。

吉田茂の国葬は閣議決定で行っているというけれど、神奈川県弁護士会の指摘に岸田首相は誠実に答えなくてはならない。

 

メディアも政治家と統一教会の関係ばかりでこの問題から腰を引いている。

うやむやにしてしまうと政府の決めたことは違法でも脱法でも国民は従わざるを得ないという凡そ民主国家とは言えない社会の到来が予感されて誠に嫌である。

 

まさしく国が葬られる。

野党もしっかりして貰いたい。

 

Wikipediaより

 


立民党は終わる

2022年08月12日 | 日記

立憲民主党の小川淳也政調会長が辞任の意向を固め関係者に伝えたという。

小川氏は泉健太代表を除く執行部刷新が必要だと主張していた。

何故、代表を除きなのか。

 

泉代表が打ち出した「提案型」への方針転換が間違っていたのだから、執行部総入れ替えではないのか。

参院選敗北総括でも連合、共産党との関係は手つかずのままである。

 

小川氏は誠実で正直だからこのような行動を取るのだろうけれど、

代表の首に鈴を付ける立場なのではないか。

政治家としてひと皮剥けるタイミングでもあった。

 

今だからこそ解党的出直しを打ち出さなければ立民党の使命は終わる。