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とのことだった。そして日暮れも近かったので、薔薇姫への謁見は明日に持ち越しとなった。
翌日の朝、目の前にした森は町から見るよりもずっと鬱蒼としていた。帰り道が分からなくなったなんてことがないように、木々にナイフで切り傷をつけながら踏み込んだ。
鳥の声ひとつ、虫の音ひとつしなかった。無秩序に伸びた大量の葉が太陽の光を遮ってしまい、そんな季節でもないのに寒さを感じて身震いした。
「やれやれ。なんと陰気な森だ。こんなところに長々といたら黴が生えるわ。早う抜けるぞ」
そう言ったアダムは布で口と鼻を覆っていた。昨日の晩、宿の部屋ごと薫(た)き染めておいた魔除けの香でくしゃみが出るらしい。
僕だってアダムと同意見だったけど、暗い道なき道を進むのは体力的にも精神的にも辛かった。
時間の感覚が麻痺して、振り返っても木の向こうにあったはずの光が見えなくなってきたころ、ずっと湿った土を踏んでいた足の裏で急に違う感触がした。驚いて目を凝らしてみると、ボロボロに砕けて頼りなくも、たしかに石畳の道と呼べるものがそこにあった。
「道? まさか、なんで……」
「ふむ、相当古いようだ。『今はもう昔の』と風どもは言っていた。もしかしたら昔は、薔薇姫とあの町は交流があったのやもしれぬな」