季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

芸大・早期教育への疑問 2

2016年06月14日 | 音楽
このプロジェクトはとっくに発足しているようだ。聴衆として参加したと思われる人たちの感想をネットでもチラホラ見かけるようになった。

当初の計画では主立った地方都市で、芸大OBに予め選出された子供に教授陣がレッスンをするというものだったようだが、実際には、まず演奏のビデオを直接大学に送り、それにより選別することになったようだ。

また、開催される町もずいぶん多岐にわたり決定されている様子である。こうした変更はむしろ好ましいと僕は思う。

僕は残念ながらまだこの催しを聴きに行ったことがなく、何人かの感想文を読んだだけなのだが、公開のレッスンの雰囲気も当初考えられたようなものとはいささか違うのではあるまいか。

舞曲を習う際に教授がステップを踏んだりして楽しかった、このような感想文がある。つまり、ギスギスした緊迫した空気はなさそうである。

だが、と僕はここでも考えてしまう。(僕自身は早期教育がどうして必要なのか、よく分からないのは前の2つの記事で告白した通りだ。昨日投稿した記事は、実は発足する前に書いて、面倒臭いので打っちゃっておいたのに数行書き足したのだ)

ピアノを習う子供や関係者がギスギスせずに楽しむことは喜ばしいことなのかもしれない。しかし、その程度のレッスンは、むしろ子供を扱うことに慣れた先生の中にもっと上手に教えてあげることができる人がいるはずだ、と。

現役の芸大生による模範演奏もあるようだ。揚げ足をとるようだが、当の学生達の力量に不足を感じて発足したプロジェクトではないのだろうか。

早期教育が機能しておらず、遂に発足したプロジェクトというには、何とも半端な印象を受けるのは僕だけではあるまい。

ただでも多忙を嘆く教授連を動員してまで催す意味は、僕にはますます分からないというのが正直な感想である。

それを感じたから、打っちゃっておいた学長の挨拶文を読んだ時の薄っぺらい印象への感想文をも投稿しておこうと思ったのである。

もっとも、これまでの感想はあくまで参加者による感想文に基くものである。一度自身で足を運んでみなければと思っている。