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🟥いのちをいただく🟥
牛を殺す時、牛と目が合う。そのたびに坂本さんは「いつかこの仕事をやめよう」と思った。ある日の夕方、牛を荷台に乗せた一台のトラックがやってきた。「明日の牛か・・・」と坂本さんは思った。しかし、いつまで経っても荷台から牛が降りてこない。不思議に思って覗いてみると、10歳くらいの女の子が、牛のお腹をさすりながら何か話し掛けている。その声が聞こえてきた。「みいちゃん、ごめんねぇ。みいちゃん、ごめんねぇ。・・・」。坂本さんは思った(見なきゃよかった)。女の子のおじいちゃんが坂本さんに頭を下げた。「みいちゃんはこの子と一緒に育てました。だけん、ずっとうちに置いとくつもりでした。ばってん、みいちゃんば売らんと、お正月が来んとです。明日は宜しくお願いします・・・」。(もうできん。もうこの仕事はやめよう)と思った坂本さん、明日の仕事を休むことにした。
家に帰ってから、そのことを小学生の息子のしのぶ君に話した。しのぶ君はじっと聞いていた。一緒にお風呂に入るとき、しのぶ君は父親に言った。「やっぱりお父さんがしてやってよ。こころの無か人がしたら牛がくるしむけん」。しかし、坂本さんは休むと決めていた。
翌日、学校に行く前にしのぶ君はもう一度言った。「お父さん、今日は行かんなん!(いかないといけないよ)」。坂本さんの心が揺れた。そして、しぶしぶ仕事場へと車を走らせた。
牛舎に入った。坂本さんを見ると他の牛と同じようにみいちゃんも角を下げて、威嚇するポーズをとった。「みいちゃん、ごめんよう。みいちゃんが肉にならんとみんなが困るけん。ごめんよう。」と言うと、みいちゃんは坂本さんに首をこすり付けてきた。殺すとき、動いて急所をはずすと牛は苦しむ。坂本さんが「じっとしとけよ、じっとしとけよ」と言うと、みいちゃんは動かなくなった。
次の瞬間、みいちゃんの目から大きな涙がこぼれ落ちた。牛の涙を坂本さんは初めてみた。
『いのちをいただく』西日本新聞社より📰
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