昨年に引き続き、チェンライを出発するこの日から、再びチェンライへ戻る日までは時刻によるスケジュール調整を一切行いません。なぜなら距離的にも時間的にも、間違いなくこなせる、余裕のある行程だからです。適当に出発して、適当に止まって、その繰り返しです。
チェンライからチェンコンへの行程は130km位。昨日の行程に続き、それなりの距離を走ります。ところが実際に走ってみるとこの区間は昨日よりは相当短く感じます。確かに実際に昨日の2/3程度の距離ではあるのですが、それ以上に短く感じます。毎度、この感覚の違いを不思議に思っていたのですが、今回ひらめきました。チェンマイとチェンライの間には山越えの区間があるのに対して、チェンライからチェンコンはひたすら平地であるからなのだと思います。大地のアップダウンがこうやって自分の感覚に訴えてくるのは、移動手段が非力なスーパーカブであるからこそ味わえる事です。
この日、目にする風景は、もしかするとタイ北部の田園地帯として最も典型的な風景かもしれません。暖かい気候に恵まれたタイでは、稲作は季節にそれほど影響を受けない模様で、稲刈りが済んだ田んぼの隣には、まだ穂の出ていない稲が青々と葉を揺らしていて、日本のように一斉に田植えが行われ、一斉に稲刈りが行われる風景とはまだ違ったパッチワークのような情景を生み出します。その向こうに見える椰子の木やバナナの木が南国である事を感じさせてくれます。また、ところどころに現れる養魚池がこのあたりは水にも恵まれた地域である事を教えてくれます。
昨日走った道とは違い、交通量もまばらで、まるで貸切の道路です。
過去2回は、パヤメンライの市場に立ち寄った後、更に少し走ってから昼食にするのですが、今回はパヤメンライでちょうど昼食時となりました。市場の少し先にレストランを発見して、昼食をとります。
タイでは数人で食事をする場合、”割り勘”という考え方はあまりないのか、いざお金を払おうとすると全員分の金額を言われて”ドキッ”とする事が多々あります。ここでも”75バーツ”と言われて動揺しましたが、一人25バーツという意味である事に私よりお客さんが先に気がついて指摘していただきました。
目的地のチェンコン。外国人旅行者はラオスとの往来がまだできなかった時代にしばらくここに滞在した事がある私にとって、ここはもはや別の町。20年で大きく変った町である事は前にも書きました。昔のチェンコンで私が滞在したゲストハウス跡形もありませんが、現在のチェンコンにも常宿ができました。(バイクの保管などからある程度決まってきます)。この宿に着くと、どういうわけか洗濯をしたくなります。昨年も一昨年もここで皆が洗濯。今年も洗濯。
そして、昨年、ここで新しい習慣が生まれました。夕暮れのメコンを眺めながらビールを飲むという習慣。昨年、テーブルに空き瓶を積み上げるほどに飲んだレストランに向かってメコン川沿いを歩きます。11月と違って3月は暖かく、子供たちがメコン川で泳いでいます。
今年はどこの店で飲もうかと歩いていたら、昨年の店から偶然出てきた店員が私に気づいて挨拶してきました。昨年の我々の飲みっぷりを記憶していてくれたのかもしれません。
(私の飲みっぷりではありません。あくまで昨年の参加者の飲みっぷりです)
ゆるゆるとビールを口に運んでいると、日が暮れるにしたがって天候が変化。小雨が降ってきました。屋根の下のテーブルに移動して残りのビールを飲み干したあと、本格的な夕食のために町へ。一昨年見つけた美味しいレストランに行ってみると、同じ人たちが運営しているものの、食べ放題鍋がメインのレストランに変身していました。それでもパッタイなどいくつかのメニューは食べ放題部門とは別に注文できるので、我々は食べ放題からは離れてパッタイとカオパットを注文。
レストランの向かいにタイマッサージのお店があります。チェンマイのサンデーマーケットではフットマッサージを受けてみたのですが、全身のマッサージも受けてみようという事になり入ってみます。ここで”チャッカジー(くすぐったい)、サバーイ(気持ちいい)、痛い(チェッツ)”というタイ語を皆で覚えたのでした。
チェンライからチェンコンへの行程は130km位。昨日の行程に続き、それなりの距離を走ります。ところが実際に走ってみるとこの区間は昨日よりは相当短く感じます。確かに実際に昨日の2/3程度の距離ではあるのですが、それ以上に短く感じます。毎度、この感覚の違いを不思議に思っていたのですが、今回ひらめきました。チェンマイとチェンライの間には山越えの区間があるのに対して、チェンライからチェンコンはひたすら平地であるからなのだと思います。大地のアップダウンがこうやって自分の感覚に訴えてくるのは、移動手段が非力なスーパーカブであるからこそ味わえる事です。
この日、目にする風景は、もしかするとタイ北部の田園地帯として最も典型的な風景かもしれません。暖かい気候に恵まれたタイでは、稲作は季節にそれほど影響を受けない模様で、稲刈りが済んだ田んぼの隣には、まだ穂の出ていない稲が青々と葉を揺らしていて、日本のように一斉に田植えが行われ、一斉に稲刈りが行われる風景とはまだ違ったパッチワークのような情景を生み出します。その向こうに見える椰子の木やバナナの木が南国である事を感じさせてくれます。また、ところどころに現れる養魚池がこのあたりは水にも恵まれた地域である事を教えてくれます。
昨日走った道とは違い、交通量もまばらで、まるで貸切の道路です。
過去2回は、パヤメンライの市場に立ち寄った後、更に少し走ってから昼食にするのですが、今回はパヤメンライでちょうど昼食時となりました。市場の少し先にレストランを発見して、昼食をとります。
タイでは数人で食事をする場合、”割り勘”という考え方はあまりないのか、いざお金を払おうとすると全員分の金額を言われて”ドキッ”とする事が多々あります。ここでも”75バーツ”と言われて動揺しましたが、一人25バーツという意味である事に私よりお客さんが先に気がついて指摘していただきました。
目的地のチェンコン。外国人旅行者はラオスとの往来がまだできなかった時代にしばらくここに滞在した事がある私にとって、ここはもはや別の町。20年で大きく変った町である事は前にも書きました。昔のチェンコンで私が滞在したゲストハウス跡形もありませんが、現在のチェンコンにも常宿ができました。(バイクの保管などからある程度決まってきます)。この宿に着くと、どういうわけか洗濯をしたくなります。昨年も一昨年もここで皆が洗濯。今年も洗濯。
そして、昨年、ここで新しい習慣が生まれました。夕暮れのメコンを眺めながらビールを飲むという習慣。昨年、テーブルに空き瓶を積み上げるほどに飲んだレストランに向かってメコン川沿いを歩きます。11月と違って3月は暖かく、子供たちがメコン川で泳いでいます。
今年はどこの店で飲もうかと歩いていたら、昨年の店から偶然出てきた店員が私に気づいて挨拶してきました。昨年の我々の飲みっぷりを記憶していてくれたのかもしれません。
(私の飲みっぷりではありません。あくまで昨年の参加者の飲みっぷりです)
ゆるゆるとビールを口に運んでいると、日が暮れるにしたがって天候が変化。小雨が降ってきました。屋根の下のテーブルに移動して残りのビールを飲み干したあと、本格的な夕食のために町へ。一昨年見つけた美味しいレストランに行ってみると、同じ人たちが運営しているものの、食べ放題鍋がメインのレストランに変身していました。それでもパッタイなどいくつかのメニューは食べ放題部門とは別に注文できるので、我々は食べ放題からは離れてパッタイとカオパットを注文。
レストランの向かいにタイマッサージのお店があります。チェンマイのサンデーマーケットではフットマッサージを受けてみたのですが、全身のマッサージも受けてみようという事になり入ってみます。ここで”チャッカジー(くすぐったい)、サバーイ(気持ちいい)、痛い(チェッツ)”というタイ語を皆で覚えたのでした。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます