疎水
2006-05-16 | 環境
滋賀から京都へは、電車、車などの道、歩いて山を越える自然歩道などがありますが、現在はない道が、「疎水」です。
(水は流れていますが、人は運べません)
明治の昔、東京遷都にともない、京都は寂れてしまいました。
その京都を活性化させるため、土木技師田邉朔郎によって、大津と京都の山にトンネルを掘り、疎水をつくり、水運や発電に利用したのです。
自宅から出かけた際に、ちょっと通ったので、雨のあとの疎水をゆっくり眺めてみました。
思い返せば、工学部で土木工学を専攻していた僕は、ある建設コンサルタント会社で夏休み中に研修をしていました。
その副社長さんが、京都の誇るべき土木遺産として、蹴上のインクラインや南禅寺の水路閣、疎水記念館を紹介してくださいました。
当時、経済や工業、交通、運輸などの活性化を目的として、最新の技術を用いて建設されたものが、長い年月と補修を経て、今なお美しい建設物として、京都に琵琶湖の水を運んでくれています。
百年を経て、市民に誇らしげに語られる土木建設物をつくることが、土木に関わる一学生として目標でした。
そして今、環境や教育に関わる仕事に就いています。
これから何十年後、何百年後も大切に使われつづける「まち」には、土木だけの視点だけでなく、環境や福祉、文化、生活、歴史などの視点からの「まちづくり」が必要と思います。
学生時代の道とは異なりますが、同じ思いでまちをつくっていきたいと思います。
picture:長等公園より疎水トンネル近く
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