うわごと日記

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あれこれ。

2007-08-14 20:45:20 | 日常
N塚長姉と順子は長姉の父であるN塚パパと順子の母のふさちゃんが兄妹のいとこ同士だ。
順子の母の下にはさらに美代ちゃんという妹がいて、その美代ちゃんの息子がよっくんだった。

よっくんが亡くなったのは23歳のときだった。
そのとき、よっくんの息子のショーマはまだ2歳か3歳だった。

それから十数年。
ショーマはいま高1である。
この夏も「堺のじいじとばあば」のとこに遊びに来たのだが、
顔もよっくんそっくりなら、
やらかすこともよっくんそっくり。

なもんで、美代ちゃんは、
ショーマが何かやらかしそうな気配がすると、

「あんた、○○する気ぃやろっ。やめときやっ、そんなんしたら△△になるねんからっ」

などと先回りして叱りつける。
叱りつけられたショーマは。

「…なんでばあちゃん、オレがなにしようとしてるとか、そんなにわかるん?」

「わからいでかーっ!!」


葉子ちゃんと故父上のように、
うちのおかんとかっちょと莉菜のように、
そう、この道は、
いーつーかー来ーたーみーちーーー。

ショーマは今回、1コ下の友達と一緒に来ていた。
2人が日本橋に買い物に行きたがっている、が、2人だけで行かせるのは心配だ、と、美代ちゃんに頼まれて、この日N塚長姉とともに、こいつら連れて日本橋に行きました。

足は長姉の178R。

わたしの車はこの前日、和也をなかもずに拾いに行ったとき、いちびってハナちゃん連れて行ったせいで、後部座席がハナちゃんの抜け毛、通称ハナ毛まみれだったの



お散歩の途中で知り合いに会うとすごく喜ぶハナちゃんなので、和也に会ったらさぞやはしゃぐだろうと思ったのだが、和也に出くわした途端、ハナは一瞬固まってから回れ右した。しばらく会わない間に和也のことをすっかり忘れてしまっていたらしい



手前がショーマ、奥がそのダチ。
が、顔がちゃんと写らなかったので、帰り道、助手席から撮り直そうとしたら。



ダチは油断しててこの通り写せたが。



ショーマは逃げやがった、ちっ。

ところで日本橋といえばメイド喫茶である。
わたしもN塚長姉も一度行ってみたかったのだ。
ショーマとそのダチに「メイド喫茶、行きたいやんな、な」と尋ねたら、
「ええ~」とか嫌がるそぶりを見せたが、これは恥ずかしがっているだけだと断定した。

が、どうせ行くならおねえちゃんのレベルの高い店に行きたい。

「葉子ちゃんにメールしてみるわー」
「えー、なんぼ葉子ちゃんでも、そこまで引き出し広ないんちゃうん?」

ほほほほ、なめてもらっちゃ困るわ、長姉。
高校でゲットしてキープし続けているわたくしのお友達連中、みんなの知恵を持ち寄れば、ちょっとしたプチwiki&タウンページなのよ♪

適材適所、適問適人。尋ねる相手さえ間違えなければ

そして、わたしはやはり、尋ねる相手を間違えてはいなかった。
葉子ちゃんはすぐ折り返しの電話をくれて、お薦めの老舗カフェの場所を教えてくれた。
その後メールもくれて。



さらに日本橋で、まずは買い物したいショーマとダチを放牧に出したあと。

「そおいや孝代(長姉の本名)、あんた、あのなんたらいう台湾人俳優の写真集とか欲しい言うてなかった?」
「ジョセフ・チェン」
「日本橋やったら、そういう店あるんちゃうん?」

N塚長姉はこないだから「>薔薇之恋」という台湾ドラマにはまってしまっている。携帯の待ちうけまでこれに出ているジョセフ・チェンにするほどのドツボなはまりようである

香港台湾芸能関係とくれば、葉子ちゃんに訊かんで誰に訊く。
これにも打てば響くようなメールが返ってきた。



ほらね♪ ( ̄^ ̄)

が、ショーマとそのダチがハンパな時間に戻ってきやがったため、結局、メイド喫茶にも上海新天地にも行けず

ほんでもって夜は順子ん家で。



またまたたこ焼きパーティーやってん♪ 黄色い字の部分はもちろん錦戸亮の声で、よろしく哀愁