今日のgooブログのお題に
「河川法面に壁画を描く為の下描き」と書いたのだが
考えてみれば、私は、あまり普通のバイトをしてこなかった気がする。
そんな事を言うと「手に職があるから」「得意があるから」とか
言われてしまうことがあるが、簡単に言えば「普通の能力がない」からだ。
実は最初のアルバイト?は小学校と中学の間の春休みだ。
勿論、正式なものではなくて、お駄賃程度のお手伝いだったが
環境が特殊だった・・・映画館だったからだ。
そこの清掃で、当時私の友人の親戚?だかか、そこの支配人?で
友人が清掃でお駄賃を貰っていたのを春休みだからお小遣い稼ぎに行ったのだ。
今はシネコンとか、拘りの映画館とかばっかりだが
当時は、小規模映画館が割とたくさんあったのである。
(まぁシネコンがなかったからね)
高校以降の学生時代は、グラフィックデザイン(イラストを1枚単位で売る)
アングラ劇団の書割から役者(当時凄く太っていたのでアイコン的な感じ)
壁画の下絵もこの時代だな。
そして、画廊のバイト(簡単な管理と接客でお金は扱わないが
扱う絵の知識は必要。家庭事情で断念したが
キュレーターを目指したのはここがきっかけ)
こういうバイトばかりで、4歳上の姉が
事務のバイトや塾講師(兄もやっていたな)、キャンペーンガールなど
比較的数あるバイトをしているのを見て羨ましかった。
それでも姉には2度ほどバイトを紹介してもらって
その一つに、高校卒業してすぐの春休みに
印刷会社で姉と模試問題を梱包するバイトをしたことがある。
それが凄く楽しかったが、能力的に劣っていることが分かった。
とにかく、不安症と拘りがあるので、確認に時間がかかる。
そして、その割には、集中力が抜ける時があって、ポカをする。
仕事は遅い、正確さに欠ける、って最悪じゃないですか?
まぁ、最低限はできていたと思うが・・・
こんなカメな私とテキパキとこなす人が同賃金だなんて
申し訳なかった。
でも、賃金的には、今までやったバイトの中で最低だった。
つまり、こういうバイトこそが「大多数ができる」バイトという事で
私は、そういう大多数ができる事ができないのだと
改めて思い知ったのだった(薄々気が付いてはいたのだけれどね)
後年、絵仕事に疲れた時に、やはり姉の紹介で(今度は1人で)
電話番を兼ねた事務バイトをしたことがあるが
もう、会社に行くのが憂鬱で憂鬱で・・・
とことん、向いていないことの最終確認になった。
だから、私の夢の職業は「ライン仕事」なのだ。
マルチタスクが求められる事務仕事は、もう、絶対無理なので
(造形教室の事務仕事さえ、気を遣って大変だった)
何とかこなせそう、だが、多分一番下っ端のままだろうけれど
「最低限しかできないけれど、戦力ではある」と
居場所としていいよ、と言ってもらえる職業。
でも、そういうところでは、できる同僚に虐められるんだろうなぁ・・・
絵の関係の仕事も、全てがOKな訳じゃないし(苦手や凸凹がかなりある)
もう絵さえあれば生きていける、というほど好きじゃないし
能力的に特段優れているわけではない(書いてて悲しくなるな)が
消去法でいっても、この関係しか、お金がもらえるレベルじゃないのだ。
でも、何とか頑張ればいけるかも?というライン仕事も
亡き姑や夫からは「無理」と言われている。
まぁ、考えてみれば、数を正確にこなさないといけないのだよね、
私に、その能力があるかは甚だ疑問だわ。
漫画家の末席にいるのは、そんな訳で、まぁ、ひっかかっている、という感じだ。
寧ろ、能力的には講師の方が向いているとは客観的に見て思う。
ただ、大勢の前で話すのが苦手で、予定に縛られるのが嫌なタイプなので
まさに、好きとできるは大違いというヤツだ。
事務仕事も、若い時にできない事を自覚したので
個人でする今は、時間をかけて念入りに行うし
予定も、絶対ポカしないために、かなり早く準備して出かける。
人前で話すのが嫌だから、必ず前日と当日は講義デモを完璧にしておく
(家で誰もいない時に、一人で練習している)
そういう事が功を奏しているのだが、それらは大の苦手だからだ。
皆さん多かれ少なかれお金を貰うのに苦労や努力をされていると思うが
「楽しい職場」とかあるらしいのが心底羨ましい。
本当か?話盛ってない?とか疑ってしまうが
これって「円満家庭」が実存するのを知ってから
どうやら夢の国ではないらしい、と思うようになった。
(実家が家庭崩壊していたので、ドラマの中の円満家庭が
「作り物だから」と思っていた)
円満家庭があるのなら楽しい職場だってあるはず。
死ぬまでに一度、そういう職場で働いてみたい。
そのためには、毎日出社できる能力が必要か・・・
・・・
やっぱり一人で頑張るか。
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