遥か彼方へ

行きかう年は旅人なり
いずれの年よりか、片雲の風に誘われ漂泊の思いやまず
我、前だけを見据え最期まで走らむ

ニセコの夏① ~ 有島記念館の再訪

2024年08月17日 | 評論

 

8月14日(水)

 

道の駅ニセコビュープラザの朝

 

▲ 道の駅での中庭の花

今日は一日中曇り予想。ブログ書きだけしてとどまっていた。

 

▲ 夕方には薄っすら夕陽が。

明日は晴れの予報だからな♬

 

 

▲ この旅初めてのコンビニへ。セコマ。

冷やし中華を買って。

やはり夏はこれだな。

 

8月15日(木)

 

▲ うん、今日は晴れそうだ。

では予定どおりで。

 

9時ごろに、向かった。

▲ 先生、また来たよ。

 

先生の記念館へ

▲ 白樺派の先生らしく、エントランスは白樺並木が迎える。

 

 

▲ 右側の白い建物が、記念館資料室。

 

向こうには

▲ 記念館に付属する尖塔が、ニセコの空に向かって立つ。

背後は羊蹄山。雲で隠れている。

 

 

▲ 有島武郎記念館へ入る。

通常は有料500円だが、お盆期間中は無料だとか。ラッキー。

 

有島武郎についての概略:

有島 武郎(ありしまたけお、1878年(明治11年)3月4日~1923年(大正12年)6月9日)は、日本の小説家。学習院中等科卒業後、農学者を志して北海道の札幌農学校に進学、洗礼を受ける。1903年に渡米。ハブフォード大学大学院を経て、ハーバード大学で1年ほど歴史、経済学を学ぶ。帰国後、志賀直哉や武者小路実篤らと共に同人「白樺」に参加する。1923年、軽井沢の別荘(浄月荘)で波多野秋子と心中した。

代表作に『カインの末裔』『或る女』や、評論『惜しみなく愛は奪ふ』がある。(ウイキペディア)

 

▲ 記念館の中から

 

 

▲ 記念館の中から

向こうに見える山はニセコアンヌプリ。羊蹄山と対峙してこの地にある。

スキートレイルが見える。話題の外人買いはあの麓で。

 

記念館のライブラリーにある珈琲屋さん。

▲ この方とは、色々お話をさせてもらった。

この記念館の側に高速道が走り、道の駅ニセコビュープラザの近くにインターチェンジができるらしい。嘆いておられた。

 

 

▲ 豆はどちらにするか悩んだが、やはり深煎りが好きなので「生まれ出づる悩みブレンド」にした。

「今は苦くても必ず春はやってきます」か・・。自分はもう充分春だけど、涼しくなってほしい(笑)。

 

 

▲ 今飲む一杯のコーヒーは、「一房の葡萄ブレンド」で軽やかに。

有島武郎にこだわるのは、教科書に載っていた「一房の葡萄」からだな。有島が小学生の時、横浜のミッションスクールに行っていた時の体験をもとにした童話。多くの人が読んだかもしれない。けど多くの人は忘れている?(笑)。

有島武郎は理想と現実の相克に悩み続けた人

相克① キリスト教と現実の欲望世界の矛盾

青春期に罪意識に悩まされ、米国ではキリスト教国とはいえ欲望が主導する政治を目の辺りにし、失望。

 

▲ 羊蹄山にカンパーイ。ニセコにカンパーイ。

羊蹄山、だいぶ見えてきたかな。

 

 

▲ 蔦のからまる尖塔は、普段は昇れるのだがこの期間中は閉鎖されているとか。残念。

 

 

▲ 今回初めて知った池。

 

 

▲ 絶命危惧種イトウをこの池で繁殖させようとしている。

 

 

▲ 実際に泳いでいるイトウが何匹もいた。

 

 

▲ 今日は、この辺りを散策してみよう。

 

 

▲ 駐車場が設けてあるスポットにきた。

 

相克② 政治的信条と不在地主としての自分の矛盾

のちに有島はキリスト教徒を止める。一方、当時は共産主義的平等も喧伝された時代で有島も影響を受ける。事業で成功した有島の父は有島武郎にマッカリベツ原野と呼ばれたニセコの膨大な農地を与える。しかし彼は農場所有にうしろめたさを感じて

 

▲ 弥照神社(いやてるじんじゃ)

この神社に小作人を集めて、農場を土地共有という形で小作人に無償で開放した。

 

 

▲ 神社の横には、「農場解放記念碑」が立っている。

 

有島武郎は、農場を開放すると同時に、私財も無にする。新たに作家一本で生きていく決意をする。

しかし、妻と死別し三人の子供が残る。売れっ子作家になるが、まもなく文筆が行き詰まる。

相克➂ 自由な性愛と社会的制約

そのころ、婦人公論記者で人妻であった波多野秋子と知り合い恋愛感情を抱く。しかし、夫より金銭的代償さもなくば姦通罪での告訴の脅しを受ける。金銭的代償を良しとせず軽井沢の別荘で二人は情死する。

 

この情死は大反響を呼び、内村鑑三は大批判し、有島の作品はいったん教科書から削除された。

「あき子と愛し合ってから私は生まれてはじめて本当の生命につきあたりました・・」とは、なんとなく大げさな感じを現代人は禁じ得ないのでは。太宰治も情死した。余談だが、心中とは日本だけで海外にはない。なぜ日本人は一緒に死にたがるのだろう(笑)。

戦前は姦通罪というのがあって、道(倫)に外れた性的交渉は刑法に触れるため、にっちもさっちもいかなくて有島武郎は二人心中を選ばざるを得なかった。現代は法的罪には問われないが。中〇クン、情死する必要なくて良かったね(笑)。

 

▲ 有島武郎像

 

像の横にあるレリーフには

 

「秀峰羊蹄、ニセコ連山に抱かれたこの地は、白樺派を代表する作家有島武郎の生涯にわたる苦悩の場であり、慰籍であり、彼の作品の母胎の地でもある」

「彼の理想と精神は、幾多の不滅の作品と共に今日も、このニセコの大地に生き続けている」

 

 

▲ 有島記念館の前は気持ちのいい公園になっている。

雲はとれないが、羊蹄山もハッキリとしてきた。

 

▲ じゃあね。

 

さて、旅人は次の約束の地に行かねば。

 



2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (pooh)
2024-08-18 11:19:27
こんにちは
ニセコの青空いいですね!
もう何年も行ってないです。
高速が出来るんですか???
住んでる人にとっては便利になりますが、
私は、そこに行くまでの景色が好きだなぁ
有島武郎氏の記念館があるんですね。

昨夜、充電の旅で網走からサロマ湖までを放送しました。
サロマ湖に遊覧船があるのを、初めて知りました。
北海道シリーズ、まだ続くようです。
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Unknown (faraway 旅人)
2024-08-18 15:16:18
>pooh さんへ
>こんにちは... への返信

>高速が出来るんですか???~
珈琲店のマスターはそう言って、いきどおってましたよ。なんで?と聞くと、物流を上げるためだと。そこから北海道の有り方の議論になりました。高速要らないですね。
普通の方は知りませんが、ニセコは戦前二束三文の時は有島農場だったのですよ。そして今は外国資本が入ってきて高騰。変遷が大きいホットエリアですね。

>昨夜、充電の旅で~
なんのこちゃと思いましたが電動バイクの旅番組があるのですね。「人情すがり旅」の副題がついてますね。私はそういうのは大苦手ですね(笑)。しかし北海道の人は道愛にあわせて、道を旅する人に優しいと思いますね。
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