-写真の部屋-

奥野和彦

カウンター

2022-09-16 19:16:51 | 写真


実家が印刷屋をしていて
中高生の頃の長期休暇には
父に頼まれて印刷に使う「活字」を
都内に行って買ってくる手伝いをしていた。
活字屋の親父は本当にまん丸の牛乳瓶の底のような
レンズのはまったメガネをかけ
いつも難しい顔をして
箱に並べた活字を目から10センチぐらいに
近づけて確かめる。ごく稀に
「親父さんの使いか、ご苦労さん」
と言ってちょっとだけ笑った。
多分、俺の顔にピントは合ってないな。

電車賃のお釣りで
立ち食い蕎麦を食べても良い事になっていて
蕎麦を沸いたお湯にくぐらせて
丼に入れて
ガラスのウィンドウから
天ぷらやコロッケをつまんでのせる。
おばさんが丼をワッシャワッシャと洗い
注文が一段落したらその間におじさんは
また次の天ぷらを揚げて
客は自分で給水器から水をコップに入れて
仲間と喋ったり愚痴をこぼしたり
つゆをこぼしたり。
競馬新聞を読む人、週刊誌を読む人
平気で店の中には灰皿もあったっけ。
人間の色々の勉強をしていたと思う。

今は喫煙人口も減り
人と飲む機会も減り
別に構わないけれど
その分勉強する科目は減る。
人の機微に鈍くなるだけの事
元々備えている素敵なものを捨てていくだけの事。