この歳になると親の有難味や、発言の正しさなどが痛いほど感じる。
じゃ親孝行しているのかと言うとしてない。出来てない。
これにもある程度諸事情が関連してきたりする。
うちの墓は辺鄙な所にあるので電車では行きづらく、車でのせていってやりたい。
いつかは来る日なのだが、やはり実際来るのは怖いものだ。
おれが半世紀生きているのだから親は+20年は行く訳だ。
今日も珍しく昼からエアコンを使って、ベットの毛布の上で寝た。
神経の痛み止めを飲んでいる事とヒマな事が重なって。
これ以降は夢の内容。
気が付くとおれの実家に来ていて、帰ろうとしている時だ。
玄関に飾ってあるポスターみたいのを目にして、
その時横にいる人物(家内?)が「亡くなったらこれが欲しい」
と言ったのだ。
何故か腹が立ち、これはこのままにしておくんだと思った。
次気が付くと誰かの葬式に来ている自分。おそらく家族ではない方の葬式。
ひと通り終わると一度帰りかけるが、人からもう一人亡くなったと聞く。
知らされていないのにすごく鼓動が大きくなる。もしかして・・・
どうやら母のようだ。遺影も無いがそう感じる。
カーンと鐘を鳴らすと、空気の中の水分が水玉となり、
鐘の音に共振して上下に動いている。
そしてこらえがたい悲しみが込み上げ、泣きながら目を覚ました。
おそらくその日が来るのが近いと思って夢に見たのだろう。
今からでも思い残す事は無いようにしておかなければ。
きっとつらいよ、あの時ああしておけば、しかし後の祭り。
生きて動ける間くらいしか何かしてあげられることは無い。
1年に1回程度しか思い出さないのもどうかと思うけどね。