レンキン

外国の写真と
それとは関係ないぼそぼそ

長いトンネル(7)

2007年02月09日 | 昔の話
 三年でお金を貯めて大学へ行く、というのが
私の当初の目標だった。勿論公にはせず内緒である。
ところがお金というのは全然思い通りに貯まらない。

私は財形貯蓄の額を、最初から一月7万円に設定していた。
ボーナス時にはその3倍の額が給料から天引きされる。
新入社員としては欲張りすぎな作戦だった。
おかげで私はしょっちゅう金欠になり、
財形貯蓄が下ろせるようになるとすぐに
ちょろちょろと預金を切り崩して生活していた。
服や靴や鞄、冬にはコート、夏には帽子にサンダル。
会社生活って思った以上にものいりなのだ。

それから保険にも入った。
このくらいで十分だろう、と思った掛け金に対し
自分が死んだ時に貰える額の少なさにあっけにとられた。
ニュースやサスペンスで「○億円の保険が」とか
聞いていたけど、まさかそれだけ貰うのに
毎月あんなにお金を払わなければならないとは。
自分が死んだら本当は…三千万円くらい!欲しかったのだが
私が当時「えいや」の思いで入った保険は
死亡時の給付金が三百万円だった。
現実というのはかくも厳しい。

***

しばらくたって、Sは同じ職場内の事務仕事に移ることになった。
一緒に仕事をした期間は半年くらいだろうか。
Sはこの仕事に向いていないとは思わなかったけど、
向いているわけでもなかったみたいだ。
女の子の中で誰か一人事務仕事に行かないか、
という話をすぐ承諾し
作業着を脱いで事務服に着替え、仕事内容もがらりと変わった。
昼の休憩は同期の三人一緒にとっていたので
仕事が変わってもお喋りはよくした。
高校で勉強してきたことが一切役に立たないんだよなあと
最初は自分でもこの成り行きに迷っているようだったが
すぐに慣れて、まるで最初から事務員だったように
イキイキと働いていた。


(続)

長いトンネル(6)

2007年02月09日 | 昔の話
 Oは高校時代無遅刻無欠席、赤点も無く
課題提出に遅れたこともなく、成績は上位だったそうだ。
「真面目で可もなく不可もない」
これがOに抱いた私の印象だった。
確かに会社に推薦してもらう上で
大切な条件を全て兼ね備えているのは
こういう空気のような子なのだ。
遅れておらず秀でておらず、どっちの面でも目立たない。
今回はちょっと(悪い方向で)目立ってしまったが
私にはこういう空気のような知り合いが居なかったので
Oの存在が大変物珍しかった。
と同時に 大変やきもきさせられた。

Oは先回りをするという事がない。
10の仕事があれば説明を受けた順に
1から10までこなしていく。
まず10までの説明を聞き、3をやる上で
後の4の事を考えて手順を変えようとか
そういった事は一切考えない。
実際にあったことだが、床に敷く四角いシートを止めるのに
私は4箇所分の指示を出さなくてはならなかった。
つまり4つの隅、全てである。
「シート敷いてから作業するからさ」『うん』
「隅、とめといて」(一つの隅を指差す)
『わかった』(ペタ)
「…」
『…』
「…あっちの隅もさ」(もう一つの隅を指差す)
『わかった』(ペタ)
「…」
『…』 

以下繰り返しである。
決して大げさに言っているのではない、
Oは仕事の全てに関してこの調子だった。
学校の勉強や課題ならこれでも良かったのだろう。
人より時間が掛かるだけで、その分時間をきちんと掛ければ
皆と同じ成績が残せる。
ただ一緒に仕事をするには迷惑以外の何者でもなく
私は女の子女の子したSと組むのは億劫だったが
Oと組むよりは断然楽だった。



ともかく私達は三人とも
担任の勧め、という影響を受けてこの会社に集った事になる。
この仕事をやりかったの!という熱い情熱は誰にもなく
「…そこに会社があったから?」(語尾上げ)
くらいのいい加減さでみんな進路が決まっていた。
自分の進路決めが何だかいい加減だなあと思っていた私だが
案外そういうものかもしれないんだなと
帰りの電車でガラス窓に頭をくっつけて思った。
と同時に

本当にこれでいいのか?と思う気持ちも
ぼんやりした熱のように頭の隅に沈んでいた。

長いトンネル(5)

2007年02月09日 | 昔の話
…一休み。



仕事上では残念ながら、一緒に仕事をしたくない同僚
SとOと組まされる事が多かった。
「一緒に仕事をしたくない」などと一人前の発言をしているが
仕事の内容は最初から分かっていた通り、私の苦手分野だ。
とにかく女の子のS、とにかく手が遅いO、
そしてやる気はあるがセンスの無い私。


認めようと思う。
「はずれ」の年である。


『ねえ、何でこの会社に入ろうと思ったの?』
一緒に仕事をしている人とは会話の取っ掛かりとして
まずそんな話になるものだ。
まだ苗字にさん付けしていた私達は
話し掛けられ話し掛けしながらお互いを探っていた。
Sは話し出すとすぐに手が止まってしまうので
私は自分の手をせっせと動かして
(話していてもこうだぜ!)とアピールしつつ
この会社に入った成り行きを聞いた。

地方から一人出てきて寮住まいの彼女は
ともかく地元から出たかったと言った。
「ずっと立体を専攻してたし、向いてると思ってさ」
止まりがちになる手を何とか動かしながらSは笑った。
最終的に担任の勧めもあって現在に至るそうだ。
なるほど。

私が分からなかったのはOの方だ。
傍目にも明らかにこの仕事に向いていない。
何かをやらせれば人の倍時間がかかり、かといって
出来上がりはいまいちのいまいちだ。
Oはどうして?と聞くと、うーんと一言唸ったまま
黙々と仕事を続け、かなりの時間をかけてようやく
「真面目だから、向いてるんじゃないかって。先生が」
と答えた。


(続)