レンキン

外国の写真と
それとは関係ないぼそぼそ

長いトンネル(17)

2007年02月23日 | 昔の話
 最初から先行きが不安だった。

Oの家族とK君は面識があったものの
特にこれといって悪意を持たれていた訳ではない。
…が、好意を持たれていた訳でもない。
迎えに行った時にちょっと挨拶をする程度で
いつもそれ以上の話にならなかった。
事故直後、K君はあまりの事に混乱してしまい
駆けつけたOの家族とろくに話が出来なかった。
K君は感情が表情に出にくいので
Oの家族にはそれが、事故を起こしておいて
ボーっと突っ立っている男に見えたのだ。
実際にこんな事故を起こしてしまったらどうだろう、
泣いたり喚いたり家族に謝ったり出来るだろうか。
ショックから逃れるために現実ではないと思い込み
K君のようにぼんやりとしてしまうのではないだろうか。

Oと日ごろから仲の良かったOのお兄さんの
怒りは凄まじかった、と
事故直後に病院に駆けつけたOの上司が言っていた。
Oのお母さんもK君の事を大声で罵っていた。
ただ一人だけ、Oのお父さんが大変冷静な人で
「娘が助手席で寝ていなかったら、
 事故は起こらなかったかもしれない」と言ったそうだ。
Oのお兄さんとお母さんに大変な反感を買ったそうだが
身内でもなかなか言える事じゃないよな、と
上司は深い溜息をついた。

長いトンネル(16)

2007年02月23日 | 昔の話
 事故から二週間くらい経ったころ。
Oの脳は事故直後から頭部への衝撃で膨れあがり、
頭蓋骨の中に納まらなくなっていた。
だから今は頭蓋骨の上部分を外した状態で治療を受けているそうだと
毎日のように病院に通っている部長から聞いた。

…え、「頭蓋骨を外した状態」って?

私は一度神妙に頷いてから、慌てて二度聞きした。
Oのことを心配に思う気持ちもあったが
その時ばかりはただ純粋に不思議だった。
私も脳に詳しい訳じゃないけど知っている事だってある。
血、とかは出ないのか。脳漿、とかは何処にいったのか。
脳は水に浮いている豆腐のようなものだと習ったが、
豆腐本体だけで平気なものなのか。
…乾いたりとかしないのだろうか。
一体そんな事になっているOは大丈夫なのだろうか。
聞きたいことと、しかし聞いてもいいのだろうかという思いで
頭の中がかなり混乱した。
そうと聞いてきた部長も話しながら、何だか複雑な顔をしていた。
次めくるカードには一体何が出るのだろう。
先は全く見えない。


Oの意識はなかなか戻らなかった。
回復を待つ身としてその間何も手助け出来ないのは実に歯がゆい。
じりじりした気分で出来ることを探していると
Oのお母さんから部長づてに職場へお願いがあった。
「呼びかけテープ」を作ってほしいという。
Oのお母さんは毎日娘の枕元で呼びかけているが
なかなか反応が得られない。
なるべく沢山の、しかも知りあいの呼びかけが
意識回復の手助けになるそうなのだ。
これはやらないわけにはいくまい。

しかしやはり照れくさいので
小さな部屋にカセットレコーダーを置き
(病室にカセットしか持ち込めないそうなのだ)
それに向かって職場の皆が一人ずつメッセージを入れていった。
声を掛けたい事が色々あったはずなのに、いざレコーダーに
吹き込もうとすると口が動かなかった。
元気?も変だし大丈夫?もおかしい。
随分時間をかけた挙句、月並みな台詞を吹き込んで終わったと思う。
本当は言いたい事がひとつあった。
K君は無事だよ、だからOも早く良くなってねと。



しかしこれだけは言えない。
Oのお母さんはK君の事を ひどく憎んでいたからだ。