2023年3月12日日曜も、陰陽師安倍晴明の史跡を巡ってきましたよ。
昨日の疲れか、起きたら9時過ぎでした。さあ、巡ろうと思いましたら、大変なことが起きていました。
今日は名古屋ウィメンズマラソン2023だったのでした。
迂回に次ぐ迂回を重ね、11時に到着する予定が13時半になってしまいました、(;´д`)トホホ
めげずに急急如律令します。
⑧晴明井戸
愛知県名古屋市西区城町83
安倍晴明が十文字と鯉の形をした木を沈めて祈祷をして、湧出させたという井戸の伝説がある。平田城址の説明板の横にある。
平田城の説明板がこちら。
その右下にありました。
すいません、これだけです。
民家とハウスの間にあり、あんまり長居ができません。移動します。
⑨新屋神社
愛知県あま市新居屋善左屋敷67
井戸から車で30分掛かりました。
Wikiには由来地として挙げられていますが、安倍晴明との関連は分かりませんでした。
由来書きにも陰陽道関連はありませんでした。
ただし、そこから歩いて3分の所に晴明関連の史跡がありました。
⑩晴明塚
愛知県あま市新居屋清明19番地
安倍晴明がこの地を通った時、田の雑草に百姓が困っていることを知りその害を除く祈祷を行ったという伝承地。
親切な表示板。
住宅街の中にぽつんとありました。
ちなみに先ほどの新屋神社からこちらの晴明塚を探している時に、近所にお住まいの方に、
「何をしてるんですか?」
と聞かれてしまいました。
史跡を探してるんですけど、晴明塚をご存じですかとお尋ねしたら、知りませんとのこと。
マイナーな史跡探索であるあるなことですね、(´Д⊂グスン
まあこの時勢ですから、不審者と思われても仕方ありませんのです。
さ、次いこう、次。
⑪葛ノ葉稲荷社
愛知県あま市篠田稲荷17
大阪府和泉市の信太(しのだ)から「葛ノ葉稲荷」を勧請したと伝えられている。
更に車で30分、雨が降ってる中の探訪となりました。お、キツネ感がいっぱい。
ありました。
恋しくば 尋ねきてみよ 和泉なる
篠田の森もうらみ 葛の葉
ちょっと読めませんです。
狐がコンコン
⑫日吉神社と晴明塚
日吉神社
愛知県海部郡蟹江町学戸2丁目62
五芒星を社紋とする「日吉神社」。ここ神社の鬼門(北東の方角)250m先に晴明塚がある。
晴明塚。
愛知県海部郡蟹江町蟹江新町上之割27
日吉神社の鬼門封じの場所。晴明が火伏せの祈祷を行った場所とされ、その時に用いた刀や法螺貝を埋めた場所と伝えられる。教育委員会の説明板が立っている。
葛ノ葉稲荷社からさらに30分、雨は弱くなりました。
蟹江城の史跡が近くにあり、蟹江町産業文化会館に車を停めさせていただき、併せて探索しました。
橋を渡って、あ、お社が見えましたよ。
日吉神社?
「さんのうはし」を渡ってお参りしましたが、五芒星が見当たりません。
すいません、発見できませんでした。
気を取り直して晴明塚を目指します。歩いて3分、ありました。
住宅街のど真ん中ですよ。
暗くなってきました、うーん、マラソンの交通規制が痛い…蟹江城に寄っていきます。
⑬上野天満宮
名古屋市千種区赤坂町4-89
京都を追われた花山天皇に仕えていた安倍晴明一族の一部が、この地に移り住み菅原道真のために建立した。
18時を回りましたが名古屋市内に入りました。ほぼ無人です。
小さな菅原道真公が可愛いですね、あちらこちらにいるんですよ。
天神おみくじなんですって。
お花がきれい。
なで牛くんもいました。
神社内には安倍晴明関連は見当たりませんでしたが、ホームページにはきちんと由来が書いてありました。
催事場の名前が晴明殿だそうです。
さあ、本日最後の探求に参りますよ、な~にここからすぐです。
⑭名古屋晴明神社
名古屋市千種区清明山1丁目6番地
987年(寛和3年)安倍晴明がこの地(尾張国狩津荘上野邑)に在住していたと伝わる。
大トリに相応しい神社ですよ。
団地の隣、丘陵地にあります。
五芒星が凛々しく見えます。
鳥居も小さなサイズですが神々しいのです。
手と口をすすぎます。柄杓も五芒星。
中に進みます。
987年というと晴明は67才、高齢で尾張に来たのですね。
一説には政変に巻き込まれて流された説もあるそうですが。
中まで見えてしまいます。
こちらの神社には七不思議があるそうですよ。
Wikiを見て下さい。
隣の公園は清明山公園、ナビで見るとこの辺りの地名は清明山なのですよ。
晴明さんはあちらこちらを彷徨ったのですねえ、そしていろいろと奇跡を起こした……
探索の感想ですが、本人ではなかったかもしれません、野良の陰陽師が晴明の名前を利用しただけかも、とか思ったりして。
それではお別れを告げます。
安倍晴明を探して、弾丸ツアーはこれにて終了です。また違う場所でチャレンジするかもしれません。
でわ。