私と健康心理学
健康習慣に思う---禁煙の秘訣---
たばこを止めて6年になる。喫煙歴30年で相当なチェインスモーカーだった私は、1999年の今日、6月30日、リラクセーション指導者として、岸和田市の保健センターに向かった。時間があったので、一服と思ったが灰皿がない。喫煙室に案内され、煙が充満するその部屋で一本吸い終えてから咳き込んだ。余りの不快さに、「エイ、止めてやる!」と仲の良い保健師に宣言。「本当ですか」と揶揄する彼女の顔を今でも思い出す。以来一服も吸っていない。小学校でタバコの害を学び、「お父さん臭いから止めて」と叫んでいた9歳の娘に面目もたった。
禁煙のための変化ステージモデルで有名なプロチャスカ先生と3年前に対談した折に、この話をした。もう逆戻りもないかと尋ねられた後、禁煙成功を誉めていただいた。正直、嬉しかった。健康心理学の指導者が、健康に悪いことをしていては効果はなくなりますからねと先生は優しく笑った(山田、2003)。
ニコチン依存症の治療は難しいが、健康心理学のルール通りに実践すれば止められる。私の場合も、実はそのルール通りだったのである。
禁煙の技法:刺激統制
健康心理学は、生活習慣を改善するために環境調整を奨める。タバコを吸わなくてもやっていけるように、生活習慣を変える学びのルールが山とある。
いつ、どのような状況でタバコを吸ったかを、観察・記録することから始めるとよい。セルフモニタリングという自分で観察記録する方法がある。身近な人に観察記録を手伝ってもらうのも手だ。吸った本数を記録するだけで、本数が減った例は多い。観察を1週間も続けると、どんな状況でタバコに手が伸び、ライターに火をつけ、煙を吸うかが見えてくる。
次にこうした喫煙行動の分析記録から、一服する状況リストを作る。そして、そうした状況を避けるように生活を変えるのである。刺激統制(stimulus control)と呼ぶ。喫煙行動に随伴する刺激状況を避ければ、止める力を後押ししてくれるのである。
朝、珈琲をすすりながらの一服はうまい。そんな習慣がある人なら、珈琲をゆっくり飲む行動を止める。冷たい野菜ジュースを味わうのに時間を費やすだけで、朝の喫煙は止められる。
食後の一服もめだつ。食事は止められないが、食後のんびりテレビなど観ているからタバコに手が伸びる。洗面所に立って、丹念に歯磨きする習慣に改めたい。練り歯磨のスッキリした匂いが口中に漂い、吸いたい願望を抑えられる。
物書きとタバコは切っても切れない。資料を集め、パソコンの前で文章を練っている間に灰皿は吸い殻の山。そんな人は、タバコや灰皿をパソコンから遠い所に移し、代わりにハッカ入りのガムや冷たい水入りペットボトルを置くとよい。それだけで喫煙量は減る。
お酒が好きな人は、飲み屋で一杯やっている間に本数が増えるのに気づくだろう。こういう人は、できるだけ誘いに乗らないようにするとよい。どうしても断れない状況なら、酒宴には参加するが、アルコールを控えて冷たいウーロン茶で喉を潤すとよい。タバコが嫌いな人の隣に陣取って、意識してタバコを吸わないように工夫するのもいい。とはいえ、飲み客には喫煙者が多い。アルコールとニコチンの相性が良いからだろう。だから飲み屋に行くと、間接喫煙が契機となって止めていたタバコに手が伸びるはめになる。喫煙者といっしょに飲むのは極力避けるべきである。
しばらくタバコを吸わないでいると、舌や喉、唇などが煙のきつい刺激を求め始める。冷たい水や氷でその要求を満たせばよい。徹夜の作業や、長時間の文章書きは避けるとよい。眠気と闘う仕事、集中力を要する仕事は、タバコと結びつきやすいので工夫が必要だ。口の寂しさを癒す、仁丹や飴玉、水などで刺激を補おう。それでもニコチンへの欲求が強くなれば、刺激系ガムやニコチンパッチで対処したい。喫煙による緊張緩和効果は、深呼吸と似たところもあるので、窓を開けて空気を胸一杯吸ってみるのも有効な手だてとなる。
禁煙のルール:褒美による強化
こうして健康心理の専門家の指導を得て、禁煙という健康行動を形成することができれば誠にめでたい。逆戻りにもめげず、禁煙習慣を維持し、半年以上に禁煙を継続できれば、見事ゴールである。喫煙を原因とするあらゆる健康被害を予防できる。間接喫煙による健康被害を他者に与える加害者の嫌疑も晴れる。
私の場合はこれに加えて、ご褒美という強化が役だった。愛する娘や保健所の大切な友人から、禁煙成功への賞賛が与えられ、プロチャスカ先生から成功を祝ってもらった。健康心理学の専門家としての自尊感情(self esteem)も、禁煙によって高まった。
タバコを止めないとお金をとられるというような「罰」で無理やり止めさせると逆にストレスがたまって、健康にもよくないし、逆戻り率も高まる。ストレスマネジメントも併せて始めるとよい。健康にポジティブな発送こそが、禁煙成功の最大の秘訣なのかもしれない。
------------余計な注釈
2004年の日本人の喫煙率は、男性で47%。60年代の84%から40年かけて37%弱減った。女性は13%強と60年代の18%から4%減少。中高生の喫煙率は学年進行につれて増加し高3で男子37%、女子16%。4年前と比べると、男子の喫煙率のみ減少傾向だとか。
山田冨美雄 2003 生活習慣病改善に効果的な「変化ステージモデル」とは何か:考案者のプロチャスカ先生に聞く. 公衆衛生, 67 (5), 369-374.
健康習慣に思う---禁煙の秘訣---
たばこを止めて6年になる。喫煙歴30年で相当なチェインスモーカーだった私は、1999年の今日、6月30日、リラクセーション指導者として、岸和田市の保健センターに向かった。時間があったので、一服と思ったが灰皿がない。喫煙室に案内され、煙が充満するその部屋で一本吸い終えてから咳き込んだ。余りの不快さに、「エイ、止めてやる!」と仲の良い保健師に宣言。「本当ですか」と揶揄する彼女の顔を今でも思い出す。以来一服も吸っていない。小学校でタバコの害を学び、「お父さん臭いから止めて」と叫んでいた9歳の娘に面目もたった。
禁煙のための変化ステージモデルで有名なプロチャスカ先生と3年前に対談した折に、この話をした。もう逆戻りもないかと尋ねられた後、禁煙成功を誉めていただいた。正直、嬉しかった。健康心理学の指導者が、健康に悪いことをしていては効果はなくなりますからねと先生は優しく笑った(山田、2003)。
ニコチン依存症の治療は難しいが、健康心理学のルール通りに実践すれば止められる。私の場合も、実はそのルール通りだったのである。
禁煙の技法:刺激統制
健康心理学は、生活習慣を改善するために環境調整を奨める。タバコを吸わなくてもやっていけるように、生活習慣を変える学びのルールが山とある。
いつ、どのような状況でタバコを吸ったかを、観察・記録することから始めるとよい。セルフモニタリングという自分で観察記録する方法がある。身近な人に観察記録を手伝ってもらうのも手だ。吸った本数を記録するだけで、本数が減った例は多い。観察を1週間も続けると、どんな状況でタバコに手が伸び、ライターに火をつけ、煙を吸うかが見えてくる。
次にこうした喫煙行動の分析記録から、一服する状況リストを作る。そして、そうした状況を避けるように生活を変えるのである。刺激統制(stimulus control)と呼ぶ。喫煙行動に随伴する刺激状況を避ければ、止める力を後押ししてくれるのである。
朝、珈琲をすすりながらの一服はうまい。そんな習慣がある人なら、珈琲をゆっくり飲む行動を止める。冷たい野菜ジュースを味わうのに時間を費やすだけで、朝の喫煙は止められる。
食後の一服もめだつ。食事は止められないが、食後のんびりテレビなど観ているからタバコに手が伸びる。洗面所に立って、丹念に歯磨きする習慣に改めたい。練り歯磨のスッキリした匂いが口中に漂い、吸いたい願望を抑えられる。
物書きとタバコは切っても切れない。資料を集め、パソコンの前で文章を練っている間に灰皿は吸い殻の山。そんな人は、タバコや灰皿をパソコンから遠い所に移し、代わりにハッカ入りのガムや冷たい水入りペットボトルを置くとよい。それだけで喫煙量は減る。
お酒が好きな人は、飲み屋で一杯やっている間に本数が増えるのに気づくだろう。こういう人は、できるだけ誘いに乗らないようにするとよい。どうしても断れない状況なら、酒宴には参加するが、アルコールを控えて冷たいウーロン茶で喉を潤すとよい。タバコが嫌いな人の隣に陣取って、意識してタバコを吸わないように工夫するのもいい。とはいえ、飲み客には喫煙者が多い。アルコールとニコチンの相性が良いからだろう。だから飲み屋に行くと、間接喫煙が契機となって止めていたタバコに手が伸びるはめになる。喫煙者といっしょに飲むのは極力避けるべきである。
しばらくタバコを吸わないでいると、舌や喉、唇などが煙のきつい刺激を求め始める。冷たい水や氷でその要求を満たせばよい。徹夜の作業や、長時間の文章書きは避けるとよい。眠気と闘う仕事、集中力を要する仕事は、タバコと結びつきやすいので工夫が必要だ。口の寂しさを癒す、仁丹や飴玉、水などで刺激を補おう。それでもニコチンへの欲求が強くなれば、刺激系ガムやニコチンパッチで対処したい。喫煙による緊張緩和効果は、深呼吸と似たところもあるので、窓を開けて空気を胸一杯吸ってみるのも有効な手だてとなる。
禁煙のルール:褒美による強化
こうして健康心理の専門家の指導を得て、禁煙という健康行動を形成することができれば誠にめでたい。逆戻りにもめげず、禁煙習慣を維持し、半年以上に禁煙を継続できれば、見事ゴールである。喫煙を原因とするあらゆる健康被害を予防できる。間接喫煙による健康被害を他者に与える加害者の嫌疑も晴れる。
私の場合はこれに加えて、ご褒美という強化が役だった。愛する娘や保健所の大切な友人から、禁煙成功への賞賛が与えられ、プロチャスカ先生から成功を祝ってもらった。健康心理学の専門家としての自尊感情(self esteem)も、禁煙によって高まった。
タバコを止めないとお金をとられるというような「罰」で無理やり止めさせると逆にストレスがたまって、健康にもよくないし、逆戻り率も高まる。ストレスマネジメントも併せて始めるとよい。健康にポジティブな発送こそが、禁煙成功の最大の秘訣なのかもしれない。
------------余計な注釈
2004年の日本人の喫煙率は、男性で47%。60年代の84%から40年かけて37%弱減った。女性は13%強と60年代の18%から4%減少。中高生の喫煙率は学年進行につれて増加し高3で男子37%、女子16%。4年前と比べると、男子の喫煙率のみ減少傾向だとか。
山田冨美雄 2003 生活習慣病改善に効果的な「変化ステージモデル」とは何か:考案者のプロチャスカ先生に聞く. 公衆衛生, 67 (5), 369-374.