この村もそれほど豊かではなかったが、村人は冬越しのために蓄えていたわずかな保存食や雑穀を勇翔のために持ち寄った。
義助の家の土間の台所に集められた食材は、村の女たちが手早く調理し、義助の女房が囲炉裏に吊下げた鍋で煮込んだ。
しばらくすると鍋の中から、はらわたに沁み込むような美味しそうな香りと共に、白い湯気が立ち昇り、鍋蓋が“カタカタ”と小気味よい音を奏ではじめた。
義助の女房が蓋を取ると、小さなシャボンのような気泡を立てながら、雑炊が“ぐつぐつ”と美味しそうに出来上がっていた。
男たちが勇翔の上半身を支えながら座らせてやると、義助の女房は雑炊をお椀に盛り付け勇翔の手に持たせ
「勇翔さん、熱いから気をつけて、ゆっくりお上がり」と言った。
しかし、勇翔は手にしたお椀を見つめたまま、いっこうに食べようとしない。
「この村も貧しく、こんな物しか作れなくて口に合わないかもしれないが、少しでも食べて元気を出しなさい」
義助の女房に促されると、勇翔は頭をたれ、目を潤ませながら言った。
「こんな美味しそうな御馳走、自分だけ頂くわけにはいかないのです。岩谷ではおじいさんが飢えに耐えかね今にも死にそうになっています。この雑炊が頂けるものなら早く持ち帰って食べさせてあげたい」と言うのです。
村人はこんな状態に追い込まれてまでも、まだ、おじいさんのことを思いやる、勇翔のやさしく律儀な心根が、我が親を慕う、我が子の情の深さのように感じられ、ますます不憫に思われた。
「そんなこと心配しなくてもいい、明日には勇翔さんたちの食べ物くらい村で何とか工面してあげるから、今夜は腹いっぱい食べてぐっすりお休み」
この義助の言葉を聞いた、勇翔の目からはとめどなく涙がこぼれた。
「みなさん、今日、助けていただいた、この恩は一生忘れません。ありがとうございました」
勇翔は義助の言葉と村人の優しさに甘えるように、雑炊を一口ひとくち、ゆっくりと口に運び、時おり、左の衣の袖で涙を拭きながら、かみしめるように食べ始めた。
この数日、何も食べていなかった若い勇翔の胃袋は空っぽ、こんな美味しい雑炊を口にしたのも久しぶりのこと。
はじめは雑炊をすするように食べていた勇翔も、胃袋に雑炊がなじむに従って、水でも流しこむような勢いになり、義助の女房が勇翔のさしだすお椀を忙しく取り替えている内に、鍋にいっぱいあった雑炊は瞬く間に空になってしまった。
「ごちそうさま、おかげさまで満腹になりました」
勇翔は両手を合わせ、村人に深々とお礼を言うと、衣の上から掌で、お腹をさするようにして大きく息を吸い込んだ。
「村の衆、今日は本当に苦労をかけた。このとおり勇翔さんも元気を取り戻し心配ないようだ。みんな家に帰ってゆっくり休んでくれ」
義助は村人の労をねぎらうように言った。
村人の姿が見えなくなると、義助の女房は居間に布団を敷いて勇翔に床に着くように勧めた。
布団に横たわった勇翔は“あっ”という間に眠りに落ち、障子も“ガタガタ”揺れるほどの大いびきを掻きながら寝込んでしまった。
誠輝と礼香が村はずれの水車小屋に帰ろうとすると、義助の女房は居間の戸棚から“おやき”を竹の皮に包んで二人に持たせ
「今夜はこれでも食べてゆっくりお休み。冷え込むから気をつけるんだよ」
と言って、玄関先まで見送った。
誠輝と礼香が雪明りに照らされた狭い雪道で足を止めて夜空を見上げると、満天の星が二人の兄妹を見守るように輝いていた。
「お父さん~、お母さん~、もう一度会いたいよ~」
そんな礼香の瞳が、星の光を受けて“キラリ”と光るのを誠輝は見逃さなかった。