前方には米子ICのゲートが水銀灯の青白い明かりに照らされ霞んで見え、雪は相変わらず降り続いていたが、それでも平地に下がってきたせいか少しは和らいでいた。
「ICの出口は直ぐそこなのに、何故こんな処で止まるのだろう」
前に止まった車の真意を測りかねていると、二人の男性が降りて、雪を被って真白になった車の横にしゃがみ込んでタイヤチェンの装着を始めた。
「こんな処で着けなくても、もう少し広い場所で着ければいいものを」
作業は手間取っている様子で、5分過ぎ、10分経っても終わる気配はない。
「いったい、いつまで待たせる気だ!」
両腕をハンドルに乗せ、フロントガラスに頭を着けるようにして、囚人でも監視する刑務員のように作業を見守った。
作業をしている二人の先からは車の姿は消え、寒々とした雪道が真空地帯のようにゲートに向かって延びていた。
「くそ、もう我慢できない!四輪駆動だ、少々の雪なら大丈夫」
私は作業をしている二人の反対側が通り抜けられるように思えたので、エンジンを吹かしハンドルを右に切った。
“ググー グ、グ、グ・・・・・ ”
「しまった!」
車はものの見事に雪の中に埋まり動かない、一瞬、血の毛が引き動転した。
「ああ、もう少し待てばよかった。孫たちを乗せたままこんな処で立ち往生したらどうしよう」
四輪駆動車だから少々の雪なら大丈夫だろうと過信したのが大間違いだかもしれないと思いながら、後退、前進を何度も繰り返す。
最初は少し動く気配もあったが、後退前進を何度も繰り返しているうちに、車は次第に深みにはまり込み、運転席の窓の辺りまで雪に埋まり、全く動かなくなってしまった。
私は助手席のドアーを妻に開けさせ二人で外に出た。その時、前の車はタイヤチェンの装着を終え走りだすところだった。
「畜生、あの車さえ止まっていなければこんな目にあわずに済んだのに!」
自分の失態を棚に上げ、他人の性にするこの哀れな根性にさえ気づかない惨めさ。
雪はまた激しく降りだし、瞬く間にジャンバーに積り白くなる。
後続車は今までの渋滞のうっぷんでも晴らすかのように“スイスイ、スイ”と私の目の前を通り過ぎて行く。
上り車線を見ると、何時通行止めになったのか車の姿は全く見えない。
出発直後に妻(誠恵)から言われ言葉が頭を掠める。
「お父さん、スコップは積んだの」
「ああ、あの時、引き返してでもスコップを積んでいれば、何とか出来るかもしれないのに」
頭に浮かぶのは反省ばかり。
家に連絡して迎えを頼んだとしても、上り車線が通行止めではどうしようもない。いくら考えてもこの窮地から脱出する方策は頭に浮かばなかったが、孫を乗せたままこの場で夜明かしする訳にはいかない。
「誠恵、車を運転してくれ、裕子と俺とで押してみる」
私と裕子は雪に足を取られながら必死で押すが、車はビクとも動かない。
「誠恵、運転代わって俺が運転する。誠恵と裕子で押してみて」
かよわい女性二人の力、車は動くはずもなく途方にくれていると、二つの黒い影が私の車に近づき、誠恵と何か二言三言話していたが、スコップで前輪の雪を撥ね始めた。
私が大急ぎで車から降りて二つの影の傍に駆け寄ると、大学生風の男性が雪で真白になりながら“テキパキ”とした動作で雪を撥ねてくれていた。
「すみません、本当に申し訳ありません」
私は二人の若者と共に作業に加わりたかったが、何の道具も無くその場で作業を見守る事しかできなかった。
後ろを振り返ると、白いワンボックスカーが雪道の真中に止めてあり、あの車の二人が私たちを助けてくれているのだと直ぐに分かった。
後方を見渡すと、花吹雪のように舞い散る雪の中に、無数のヘッドライトの光が“ぼんやり”と霞んで見えていた。
「もう大丈夫だと思います。後ろから押しますから車を動かしてみてください」
頭をもたげ振り返った若者の顔には、まだどことなくあどけなさが残っていた。
私は車に乗り込み、アクセルを軽く踏んでハンドルを左に切った。すると車は“スゥー”と、あっけないほど簡単に雪の中から抜け出し元の車線に戻る事が出来た。
若者にお礼を云おうと大急ぎで車から降りると、二人の姿はすでワンボックスカーの中に消えていた。
私が白いワンボックスカーに向かって深々と頭を下げていると、急に目の前がかすみ、胸の辺りから熱い感情が湧きあがってきた。
「ありがとう、ありがとう、ありがとうございました」
何度お礼を言っても、土下座してお礼を言っても足りない。
車まで行って名前を尋ねよという感情にも襲われたが、後方で渋滞している車をいつまでも待たせておくわけにもいかずしかたなく車に乗り込んだ。
「あの人たち関西弁のようだったけど何処の人かなー、本当、地獄で仏とはこの事かも知れない。一生忘れられないと出来事になると思うよ」
私がこんなことを言うと裕子が
「お父さんなら、あんな所に車を止める勇気もないし、きっと、見て見ぬふりをして通り過ぎていると思うよ」
「うーん、その通りかも知れないなぁー」
ようやく雪の中から脱出し家に帰れる喜びと、若者たちの好意で笑顔が戻った私たちは、二人の若者の話に熱中しながら米子ICのゲートに近づいていった。
「BUuuu・・・・・」
「誰だ、今、オナラをしたのは、汐里か沙織?」
「早く窓を開けなさい!」
暖房で生温かくなっていた車内に、冷たい空気が“サァー”と流れ込むとあの二人の若者の勇気ある行動の清々しさが、身に沁みて感じられるようだあった。
Ⅰ―7に続く
「ICの出口は直ぐそこなのに、何故こんな処で止まるのだろう」
前に止まった車の真意を測りかねていると、二人の男性が降りて、雪を被って真白になった車の横にしゃがみ込んでタイヤチェンの装着を始めた。
「こんな処で着けなくても、もう少し広い場所で着ければいいものを」
作業は手間取っている様子で、5分過ぎ、10分経っても終わる気配はない。
「いったい、いつまで待たせる気だ!」
両腕をハンドルに乗せ、フロントガラスに頭を着けるようにして、囚人でも監視する刑務員のように作業を見守った。
作業をしている二人の先からは車の姿は消え、寒々とした雪道が真空地帯のようにゲートに向かって延びていた。
「くそ、もう我慢できない!四輪駆動だ、少々の雪なら大丈夫」
私は作業をしている二人の反対側が通り抜けられるように思えたので、エンジンを吹かしハンドルを右に切った。
“ググー グ、グ、グ・・・・・ ”
「しまった!」
車はものの見事に雪の中に埋まり動かない、一瞬、血の毛が引き動転した。
「ああ、もう少し待てばよかった。孫たちを乗せたままこんな処で立ち往生したらどうしよう」
四輪駆動車だから少々の雪なら大丈夫だろうと過信したのが大間違いだかもしれないと思いながら、後退、前進を何度も繰り返す。
最初は少し動く気配もあったが、後退前進を何度も繰り返しているうちに、車は次第に深みにはまり込み、運転席の窓の辺りまで雪に埋まり、全く動かなくなってしまった。
私は助手席のドアーを妻に開けさせ二人で外に出た。その時、前の車はタイヤチェンの装着を終え走りだすところだった。
「畜生、あの車さえ止まっていなければこんな目にあわずに済んだのに!」
自分の失態を棚に上げ、他人の性にするこの哀れな根性にさえ気づかない惨めさ。
雪はまた激しく降りだし、瞬く間にジャンバーに積り白くなる。
後続車は今までの渋滞のうっぷんでも晴らすかのように“スイスイ、スイ”と私の目の前を通り過ぎて行く。
上り車線を見ると、何時通行止めになったのか車の姿は全く見えない。
出発直後に妻(誠恵)から言われ言葉が頭を掠める。
「お父さん、スコップは積んだの」
「ああ、あの時、引き返してでもスコップを積んでいれば、何とか出来るかもしれないのに」
頭に浮かぶのは反省ばかり。
家に連絡して迎えを頼んだとしても、上り車線が通行止めではどうしようもない。いくら考えてもこの窮地から脱出する方策は頭に浮かばなかったが、孫を乗せたままこの場で夜明かしする訳にはいかない。
「誠恵、車を運転してくれ、裕子と俺とで押してみる」
私と裕子は雪に足を取られながら必死で押すが、車はビクとも動かない。
「誠恵、運転代わって俺が運転する。誠恵と裕子で押してみて」
かよわい女性二人の力、車は動くはずもなく途方にくれていると、二つの黒い影が私の車に近づき、誠恵と何か二言三言話していたが、スコップで前輪の雪を撥ね始めた。
私が大急ぎで車から降りて二つの影の傍に駆け寄ると、大学生風の男性が雪で真白になりながら“テキパキ”とした動作で雪を撥ねてくれていた。
「すみません、本当に申し訳ありません」
私は二人の若者と共に作業に加わりたかったが、何の道具も無くその場で作業を見守る事しかできなかった。
後ろを振り返ると、白いワンボックスカーが雪道の真中に止めてあり、あの車の二人が私たちを助けてくれているのだと直ぐに分かった。
後方を見渡すと、花吹雪のように舞い散る雪の中に、無数のヘッドライトの光が“ぼんやり”と霞んで見えていた。
「もう大丈夫だと思います。後ろから押しますから車を動かしてみてください」
頭をもたげ振り返った若者の顔には、まだどことなくあどけなさが残っていた。
私は車に乗り込み、アクセルを軽く踏んでハンドルを左に切った。すると車は“スゥー”と、あっけないほど簡単に雪の中から抜け出し元の車線に戻る事が出来た。
若者にお礼を云おうと大急ぎで車から降りると、二人の姿はすでワンボックスカーの中に消えていた。
私が白いワンボックスカーに向かって深々と頭を下げていると、急に目の前がかすみ、胸の辺りから熱い感情が湧きあがってきた。
「ありがとう、ありがとう、ありがとうございました」
何度お礼を言っても、土下座してお礼を言っても足りない。
車まで行って名前を尋ねよという感情にも襲われたが、後方で渋滞している車をいつまでも待たせておくわけにもいかずしかたなく車に乗り込んだ。
「あの人たち関西弁のようだったけど何処の人かなー、本当、地獄で仏とはこの事かも知れない。一生忘れられないと出来事になると思うよ」
私がこんなことを言うと裕子が
「お父さんなら、あんな所に車を止める勇気もないし、きっと、見て見ぬふりをして通り過ぎていると思うよ」
「うーん、その通りかも知れないなぁー」
ようやく雪の中から脱出し家に帰れる喜びと、若者たちの好意で笑顔が戻った私たちは、二人の若者の話に熱中しながら米子ICのゲートに近づいていった。
「BUuuu・・・・・」
「誰だ、今、オナラをしたのは、汐里か沙織?」
「早く窓を開けなさい!」
暖房で生温かくなっていた車内に、冷たい空気が“サァー”と流れ込むとあの二人の若者の勇気ある行動の清々しさが、身に沁みて感じられるようだあった。
Ⅰ―7に続く
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