G.G.の徒然山遊録

岐阜各務原市周辺の低山の山行記録、折々の雑感、書評などの雑文を記し、山に関する情報を提供します。

雨乞岳とコクイ谷の山行記録

2013-10-31 | 山行

2013年10月28日(月)快晴、無風

参加者: G.G.、他4人 

歩行距離:  約13.5km

行動時間: 7:40(休憩、昼食を含む)

アクセス:
各務原6:00→R21→R258→R25(南濃北勢線)→R306→R477(鈴鹿スカイライン)→8:05武平峠P

コースタイム:
武平峠P 8:20→9:20コクイ谷分岐9:30→10:20七人山のコル10:30→10:55東雨乞岳、昼食11:25→11:35雨乞岳
11:45→12:10杉峠12:15→13:45コクイ谷出会い13:55→14:45沢谷分岐14:50→15:00コクイ谷分岐15:10→16:00武平峠P
・・・・計:7:40

コース:実際に歩いたGPSトラックと標高図を下に示す。
        ×印は神崎川沿いでのルートミス箇所とコクイ谷最大の難所を示す。

山行記事:
■往路はR21→R258→右折し牧田川堤防を走る積りが直進してしまい、カーナビの指示でR25へ入り、養老山地を横断する羽目になった。途中、一車線の県道を登り、峠で庭田山公園の側を通り、やがて何時ものR306に合流した。ルートミスのお陰で名古屋の夜景の好展望台で有名な庭田山公園の位置を把握できたのは怪我の功名である。

■武平峠のトンネルの直ぐ脇の登山口から直ぐに鬱蒼とした林の中を何回か小沢を横切り沢谷峠に至る。峠と言ってもハッキリしたピークでないので知らない間に通り過ぎてしまう。暫くは木漏れ日が差す、沢音が心地良い沢沿いの道を通り、やがてコクイ谷分岐点に着く。
帰路はコクイ谷を詰めてこの地点に登って来ることになる。

■ここからはクラ谷沿いの道となる。暫くすると明るい2次林の中の雰囲気の良い山道になり、七人山のコルに着く。ここからは鈴鹿でお馴染みの笹の中の尾根道になり、やがて広々した好展望の東雨乞岳に着く。時間は早いが雨乞岳の頂上は狭いのでここで昼食とする。先客は2人だけ。

■東には四日市の市街と伊勢湾がボンヤリと望めた。南東には鎌ヶ岳が鋸歯状の尾根を列ね聳え立っている。

目の前には雨乞岳の巨体が横たわっている。

北方には鈴鹿山脈が連なり遠方には御池岳の巨体がボンヤリであるが望めた。
西方には清水の頭から綿向山へと山並みが連なっているのが望めた。

■気温は20度位で寒くはないが風を避けて食事を摂ってから、笹の尾根道を通り雨乞岳に達する。頂上は身の丈程の笹に囲まれていて展望もなく、10人も来たら満杯である。先客は一組のご夫婦と一人の男性だけである。ここで記念写真を撮り、道路右側の笹藪の中にある池を見物する。流入する沢はないので雨水の水溜りと思うが水は澄んでいて、径が10m位で意外と大きかった。過去、3回、来ているが池を見るのは始めてであり暫し佇んだ。


■頂上から北に向かい、少し行った大岩の所から杉峠を目指し急坂を下る。眼前には杉峠の反対側に横たわるタイジョウ、イブネなどが指呼の間に望める。山深いのでアプローチが長い分、登山者も少なく、静かな山行が期待できるようであるので何時の日か訪れたいものであるが、初心者向けではない。

■峠に下り立つと杉峠のシンボルの杉がすっかり枯れ木になっているのを見て愕然とする。3年前の平成10年6月に来た時には枝が一本だけではあるが葉を付けていたのをアルバムで確認した。いずれ倒木となって土に還り、一本杉があったと語り草になるのは時間の問題であると思うと、無常を感じる。

■ここからは滋賀県の八日市から三重県の菰野の千草に続く古道の千草街道を辿る。織田信長(1570年、浅井長政の裏切りにより京都から岐阜へ退却時)や蓮如上人が通った幹線ではないが歴史ある街道跡であり、さすがに歩き易い。途中、御池鉱山跡があり明治末期の最盛期には300人の工夫が働いていたそうである。今は石段や礎石が残っているのみである。谷川沿いに所々ではあるが、シロモジの黄葉、マルバノキの紅葉が眼を楽しませてくれた。

■川沿いの道は所々踏み跡が定かでなかったが、テープなどが多く、ルートファインディングに左程、苦労はなかったが、一箇所、左岸で大規模なガレ場があり道も途絶えた所があった。然しテープがあったのでそれに従って行くと、段々と川から離れ高みへ登って行くので、誤りに気付き目印を探すと右岸に道標の赤布があった。然し水量は多く簡単には渡渉できなかったが、どうにか渡渉し事無きを得た。

■漸くにコクイ谷出会いの標識に出会う。コクイ谷は神崎川の右岸に流れ込んでいるのに一度左岸に渡渉し、少し行ってから又、右岸へ渡渉し、少し後戻りして漸くにコクイ谷出会いに到着する。
どの渡渉も飛び石伝いで可也、難渋した。写真の左から流入しているのがコクイ谷である。

■ここからが今日のハイライトである約1時間のコクイ谷遡行である。 何度も左右に渡渉したり、高巻いたりしながら慎重に歩を進める。途中、コクイ鉱山跡らしい所があり、ドラム缶の残骸や一升瓶の破片が散乱していたが看板もなく信憑性に欠ける。行程の約半分まで来た所で、高巻いた道が落差数メートルの断崖になって終わっていた。長さ1m位の紐が下がっていたのでそれに縋って、降りるより方法は無さそうであった。最初にさんが無事に河原に降り立ったので、全員それに倣って無事に降り立つ事ができた。ここがこのコース最大の難所であった。

■過去の山行記録を見ると、このコースで一番、迷い易い箇所は沢谷への分岐点であったので、十分に下調べをしていったが、現地では「武平峠」と記された白い看板(小さいが)が分り易い所に掛けられていたので、何の困難もなかったが、看板が無ければ踏跡は薄いので、ルート発見は難しかろう。ソロの場合には下ばかり見ていると、うっかり見落とす可能性はあるので、要注意点であろう。

■この分岐点から10分強で今朝ほど通ったコクイ谷分岐点へ帰着した。駐車場への帰着時間が予定より30分遅れ(出発遅れが20分なので実質10分の遅れ)になりそうであり、道は往路と同じであるのでピッチをあげ標準1時間の所を50分で駐車場へ無事に帰着した。

総括:
本コースを総括してみると下記の通り変化に富み面白い。但し、初心者向けでない。
なお、朝、御在所岳には多くのハイカーが登って行ったが、雨乞岳は対照的で山頂で3人に出会って以降、誰ひとりとも出会わなかった。

1.七人山のコルまでは雰囲気の良い林間コースである。
2.七人山のコル~雨乞岳間は鈴鹿でお馴染みの気持ちの良い笹原である。
3.杉峠~コクイ谷出会いまでは古の千草街道を辿る歩き易い山道で、途中、鉱山跡もあり歴史が
 偲ばれる。
  但し、踏み跡が薄くルートミスには要注意である。
4.コクイ谷遡行は大変な悪路で、危険なルートである。

反省点/注意点:
1.テープは間違っている時がある事を再認識した。テープを疑わなかったためにルートミスを犯して
 しまった。
2.コクイ谷コースは難路であることは分っていたので、懸垂用のロープなどを用意すべきであった。
3.コクイ谷コースは登山道ではなく、危険箇所が多いのでソロは避けるべきである。
4.本コースは千草街道沿い及びコクイ谷遡行は渡渉回数が多いが、橋やロープなどは一切設置されて  いないので、雨後の増水時の山行は避けるべきである。


 


 

 


「登山の哲学」の読後感

2013-10-27 | 日記

 最近、「登山の哲学」を読了しましたので読後感を書いてみました。書名に「哲学」とありますが、哲学的な事は何も書かれていません。内容は8000m超の14峰登頂の概要とその間の、2度の命拾いの話、8000mの自然環境、登山界事情、登山技術の変遷、情報機器の活用、山岳界への提言などが淡々と語られています。
  話題は8000m超の高所登山スペシャリストの体験談をベースにしたものですが、一般のアマチュア登山者にも役立つ点が多々あります。高所登山に関する知見を分り易く説明している読み物としても非常に示唆に富み、一気に読ませる面白さがあります。山好きの方に一読をお勧めしたい一冊です。
  著者の言わんとしている事を曲解している所もあるかも知れませんが、個人的に特に興味を覚えた事項、感動した事項、参考になった事項などを下に示します。 

2度の命拾いのエピソード:2度の9死に一生を得た事故、病気にも懲りずに高所登山に挑戦し続ける執念は凄い。

高度8000mの夜空:星が明るく、多過ぎて星座も識別できない。又、空は星の間の黒い隙間に見える。筆者もアルプス山上ですが、星を見て何回も感動を経験しているので著者の感激が良く分ります。

高精度な長期天気予報の威力:国内外に山の気象予測会社があり、クライマーに現地の長期天気予報を提供し、登頂の成功率向上に大いに貢献している。 
 筆者等も山行実施に先立ち、現地の天気予報(山頂付近の風速、温度を含む)をチェックし、山行日を決定している。登山適否の確認はどんな山行でも一番重要な事項と思います。

山も情報化時代:ベースキャンプにはパソコン、衛星電話、モデム、ソーラーパネル、バッテリーなどが設置され電話、インターネットで種々の情報を授受している。著者の場合、ブログで現地の状況も発信している。
 我々も山行にはデジカメ、携帯電話、GPS(スマホ)などを携帯している。又、事前に現地までの道路状況、登山道の状況、山行所要時間などを電話やインターネットで確認している。 

特別なトレーニングは無用:著者は身長180cm、体重60数kgのどちらかと言えば細身の男性で、特別なトレーニングは一切していない。高所登山のトレーニングは高所登山が一番で、これを何年も続けてきた結果、体が高所登山に適した身体になったようである。
  筆者の場合も、頻繁な山行がベストなトレーニングであると思っています。

登山技術の変遷:極地法、アルパインスタイル/組織登山、国際公募隊など登高技術、登山パーティーの組み方なども時代と共に進化しているのが良く分る。

経験は積み重ねず、並べるものこの章が強いて言えば哲学的な表現になっていて本書では一番、分かり難いが主旨は次のような事であろう。
   高所登山、一般的に登山でも毎回条件は異なるので、毎回が初回であり、過去の経験だけでは問題は乗り切れない。経験だけに頼って登るのはマニュアル通りに行動するようなものであり山では通用しない。過去の経験は問題解決の知識であり、その間隙を想像で埋めてゆく為に経験は並べて置くのが良い。

*著者:竹内 洋岳(ひろたか)(1971年生まれ)、NHK出版新書、2013.5.10発行


雨乞岳、コクイ谷遡行の山行計画

2013-10-24 | 山行

■27日(日)か28日(月)に鈴鹿の雨乞岳に行く予定である。台風27号の速度次第でどうなるか分らないが現在の御在所岳の天気予報からすると、26日は雨で、27日以降は晴天であるが、雨上がりは沢の増水が予想されるので、28日に出かける公算が大である。
■コースは「武平峠→東雨乞岳→雨乞岳→杉峠→(神崎川)→コクイ谷出会い→コクイ谷遡行→クラ谷分岐→武平峠」の周回である。
■雨乞岳には過去、武平峠から2回、甲津畑から杉峠経由で1回登っているが、コクイ谷遡行は始めてであるので予習をしてみた。Web.の記録では距離約、1kmのコクイ谷道は廃道に近く、ルートファインディングが要注意らしいが、ヤマレコなどの多くの記録によれば、テープ、マーカーも多数あり、注意点も把握できたので道迷いは避けられよう。
■本コースは余り一般的でなく、登山道の整備は不十分で、その分、歩き応えのある山行が楽しめよう。
又、杉峠からの神崎川沿いの道は歴史ある千種街道の一部で、途中には鉱山跡もあり自然と人との関わりを偲べるのも興味深く、何時もとは一味違った山行が期待できよう。


甲斐駒ケ岳の山行記録

2013-10-19 | 山行

2013年10月13日(土)、14日(月)、快晴、無風
参加者: G.G.、他2人
歩行距離: 約11km
行動時間: 8:10(休憩、昼食を含む)
アクセス: 各務原→東小牧IC→(中央高速道)→伊那IC→仙流荘(走行距離185km)
      仙流荘→(南アルプス林道バス)→北沢峠(約1時間)
コースタイム:
 登り:大平山荘5:05→5:20北沢峠→6:55双児山7:05→7:45駒津峰7:55→
   8:20直登・巻き道分岐点→9:15甲斐駒ケ岳・・・・・・・・・計:4:10

 下り:甲斐駒ケ岳9:40→10:00摩利支天分岐点→10:50駒津峰11:00→
   11:55仙水峠12:10→13:10林道→13:15北沢峠・・・ 計:3:35 

コース:実際に歩いたコースを下(GPSトラック)に示す。

 

山行記事:

<13日>
■仙流荘前・横の駐車場は殆どで満杯で驚く。後刻、バスの運転手の話では560台ものマイカーがやって来て、バスで運んだのは1600人だそうである。

■14:10仙流荘発のバスで北沢峠に向かう。車窓からは見える鋸岳、甲斐駒、駒津峰、双児山は迫力満点である。北沢峠手前の大平山荘で降ろしてもらう。

■始めは長衛荘に宿泊予定が満員で大平山荘に変更。築50年の年季の入った、収容人員80人の素朴な山小屋で、真ん中が通路で、薪ストーブが燃えている。壁と言わず天井ま でも山の写真が一杯である。個室はなく、通路の両側が茣蓙を敷いた板の間が寝床にな る。3代目の主人以下の人はアットホームな感じである。食事はオカズの種類が多く旨い。





■小屋の北方が開け、夕日に輝く北ア連峰(常念、槍、北穂、大キレット、奥穂、西穂、笠がはっきりと同定できた。)が遠望できたが何分に遠方で迫力はないが登った山が多く懐かしい。


昨夜は満員であったとのことである。今夜は空いていて客は20人でゆったりあるが、本当に80人も入ったら身動きが出来ないのではないかと人事ながら気になる。

■夜中に星空を眺めに外に出る。満天の星がボタン雪のように大きく、賑やかにギラギラと輝き、今にも落ちてきそうである。何回見ても山上で見る星空は原始的、神秘的で、その感動は筆舌に尽くしがたい。南方は山に遮られて天の川は見ることは出来なかったのは多少残念であった。

<14日>
■いよいよ待ちに待った登頂の日である。過去、10回位であろうか、中央高速道を車で行き来する度に長坂町から仰ぎ見る甲斐駒は標高差が約2200mもあり、その独立峰的に図 抜けたピラミッダルな岩峰の存在感は圧倒的であり、いつの日か、あの雪のように輝く白砂の頂に立ちたいと、長年、想い続けて来た。甲斐駒の姿の良さに惚れた欲目か、百名山中でも筆頭格であると思う。

■今日のコースは北側の長坂町からの古典ルート、黒戸尾根ルートではなく、南側の北沢峠 (標高約2000m)からの安直なコースであるのは多少残念であるが、私の体力、技量から すれば適当であろう。

■4時ごろ起床し、4:30頃から、前夜用意してもらった朝食の弁当を食べる。山荘のオカミが甲斐駒は、往復10時間は掛かると脅かす。多分、私が年寄りなので余裕をみてのアドバ イスだろうと内心ひがむ。

■殆どのパーティは既に出発している。5:05に我々もヘッドランプを点けて出発する。長衛荘の脇の登山道を登って行くのは後にも先にも我々だけである。長衛荘も満杯(収容人員: 110人)だと聞いていたので狐に抓まれたようである。多分多くのパーティは仙丈ケ岳に向かったのであろうと言うことにした。

■森林限界を過ぎると間もなく双児山で大展望が広がる。前方には鋸岳、甲斐駒が聳え、振返れば北岳・間ノ岳、その右手には仙丈ケ岳、左手には鳳凰三山が展望される。ここから50m位下降してから登って行くと摩利支天を従えた甲斐駒が一段と大きく迫ってくる。や がて仙水峠からの道と合流すると、駒津峰である。


 
 

 

 

 

 

■駒津峰から、厳しい岩尾根が始まり、40m位下降してから登りに移る。巨岩の六方石の所が直登コースと右への巻道コース分岐点である。ガイドブックでは直登コースは難度が高 く、積雪期用と記されていたので、当然、巻道コースへ行くと思っていたが、リーダーは直 登で行くというし、同世代の女性も取り付いているので、私も挑戦する決心をした。痩せ尾 根ではないので恐怖感はない。足場、ホールドで迷う箇所が数か所あったが両手、両足をフルに使って無事に通過し、遂に9:15、甲斐駒の頂上に立つことができた。


■山頂からの展望は、南アルプル北部の山々ははっきりと見えたが、北方は靄がかかり北  アはおろか、八ヶ岳さえもがぼんやりと見える程度であった。但し、八ヶ岳や北アは過去、  何回も眺めているので左程、落胆することもなかった。展望を楽しみ、記念写真を撮ったり  して25分滞在し9:40に頂上を辞する。

■帰路は巻道経由で摩利支天の傍らのザレ道を下る。駒津峰では往路を右に見送り左折  し林間の道を仙水峠に向かう。12時頃になったのでここで昼食とする。仙水峠周辺は岩石  を砕いたような角張った真っ黒な岩が堆積した谷間で他にはない異様な風景である。こ  の谷を過ぎると岩がごろごろした道となる。仙水小屋、林道近くの長衛小屋の傍らを経由 して13:15に北沢峠へ無事に帰着する。

■バスの時刻表では、15:00発であるが、当日は登山客が多く13:55発の臨時便(通常、28人集まれば出すそうである。)で下山する。

<感想>
  登山を無事終えての感想を思いつくままに列挙してみた。

  1. 右ひざの怪我で3か月も山から遠ざかっていたので、多少の不安はあったが、かなりタフなコースであるにも関わらず膝痛は全く感じなかったは大収穫で非常に喜ばしかった。
  2. 今回のコースでは、ロープ、梯子、鎖の類は一切設置されていなかった。岩場の登り降りで、数か所はあった方が助かると思ったが、登山は自然相手の冒険であり、これが本来の姿かも知れない。
  3. 直登コースは、恐怖感はないが厳しい岩場で可なり難度は高くなるので、初心者向きではない。
    但し、巻道に比べ、所要時間は20分位短縮されるメリットがあるようである。
  4. 登山道では花の時期は過ぎているので花は皆無であり、紅葉、黄葉の樹木もなく無愛想である。
    但し、バスで北沢峠まで登ってくる途中では山ブドウの紅葉、桂の黄葉が眼に鮮やかであった。
                                                                                           The end                                                     
                                                                                         


 


ブログの効用

2013-10-10 | 日記

 この度、各務原市主催のブログ講座参加を契機に、個人ブログを立上げました。
ブログ作成は当初思っていたほどハードルは高くなく、初歩的ではありますが、早速に、
作成・アップしてみました。
記事は主として、全ての山行の記録、及び、折々の雑感などを綴ったものを想定しています。
 従来の山行では、リーダーの場合には、事前の情報収集、計画立案、実施時の状況判断、
記録作成、これらに付随したパソコンの知識などは不可欠であり、多くの知的活動が
含まれていますが、メンバーの場合は、殆どそれらが要求されません。
 そこで、メンバーの方も出来たらブログチャレンジ山行記録を作成・公開する事をお勧めします。
その結果、山行は、身体的能力だけでなく、知的能力の強化も図れる素晴らしいスポーツになると思います。
 更には、ブログのコミュニケーション手段(コメント、トラックバックなど)の活用により
山仲間との交流の輪が広がり、山行活動がより充実したものになる可能性があると思います。