伏見城残石を見た後は参道に戻り、さらに進んで上図の拝殿に行きました。御覧のように中央に通路が設けられる割拝殿の型式をとる建物です。これも伏見城からの移築だとか、伏見城の御車寄(くるまよせ)の拝領だとする紹介記事などがネット上でも散見されますが、全て間違いで、江戸期の 寛永二年(1625)に徳川頼宣が寄進した建物です。つまりは江戸初期の典型的な神社建築の一例です。
中央の軒唐破風(のきからはふ)の内側には、御覧のように見事な極彩色の彫刻があります。大瓶束(たいへいづか)によって左右に区切られた壁面の、向かって右が「鯉の瀧のぼり」すなわち龍神伝説の光景、左が琴高仙人(きんこうせんにん)が鯉に跨って瀧の中ほどまで昇る光景を彫り表しています。中国の登龍門の故事に基づいた彫刻意匠です。
左右の三間分の貫上の蟇股にも、極彩色の彫刻が施されています。江戸期の遺構にしては綺麗だな、と思いましたが、脇の説明板に平成九年六月に半解体修理を施した旨が書かれているのを見て、なるほど修理に際して彩色も元通りに復元したわけか、と納得しました。この拝殿は京都府の有形文化財に指定されています。
拝殿の奥には本殿がありますが、透塀に囲まれてよく見えませんでしたので、ちょっと横に回ってみるか、と考えました。
その際に拝殿から本殿に繋がる通廊を見て、本殿前の拝所が御覧のように唐門の型式になっているのに驚きました。二度見しましたが、どう見ても唐門です。左右から神職が神前に進めるようになっているわけですが、あんまり見たことのない建築配置でした。珍しいなあ、贅沢だなあ、と思いました。
この神社は伏見城の守護神として崇められましたから、豊臣政権期はもちろん、これを受け継いで伏見城を再建した徳川政権期においても重要な神社であった筈です。
本殿、拝殿はもちろん、関連の建物がいずれも立派で、表門は伏見城大手門を移してあてるという贅沢さは、やはり徳川政権の初期の本拠地が伏見城に置かれて、江戸幕府の前段階としての伏見幕府とも呼ぶべき時期があったことと無関係ではないと思います。
横に回って本殿の側面が見える位置まで来ました。かなり高さがあって規模も大きな建物です。いわゆる五間社流造のタイプですが、本殿の正面を五間に造る事自体が珍しいです。
これは、主祭神が 神功皇后、応神天皇、仲哀天皇、仁徳天皇、高良大明神の五柱であるのに対応した造りですが、四柱までが皇室の祖先神ですから、豊臣家も徳川家も篤く崇拝しないわけにはいかなかったのでしょう。ましてや伏見城の守護神でもあったのですから。
この本殿もなかなか立派で極彩色の典型的な江戸初期の神殿建築の様相を示しています。-この建物は、慶長十年(1605)に徳川家康の命令で板倉勝重が普請奉行となって再建したもので、平成二年の修理にて極彩色の彫刻が復元されています。国の重要文化財に指定されています。
デジカメの望遠モードで撮りました。妻方向の東側の貫上の壁面に飛天が描かれているのが見えました。
反対側にも回ってみましたが、本殿を保護するガラス壁面の表面が乱反射によって白っぽくなり、中がよく見えませんでした。もう少し横か、後ろに回ってみることにしました。
背面は御覧の通りの白壁でした。
本殿の西側を見ました。この位置なら、保護ガラスで囲まれている部分より上がよく見えます。
再び、デジカメの望遠モードで撮りました。先にみた東側の貫上の壁面は飛天が描かれていますが、西側のこちらの壁面には花鳥風月が描かれています。虹梁には唐草紋があしらわれ、壁面の植物文様と組み合わせて神仙の自然事象を表しています。
拝殿の西隣に建つ能舞台です。独立式の屋根付き楽屋を備えた立派な構えです。
ですが、建物はどうも新しい感じがして、江戸期までは遡らないように思いました。脇に説明板があったので近づいて読みました。
説明板です。これによると現在の能舞台は明治十一年(1878)の再建です。やっぱり江戸期までは遡らなかったか、と納得しました。
しかし、これだけの規模の能舞台もあんまり見ないです。この能舞台は、神社の氏子衆によって組織された和楽社という講社が中心となって、拝殿の南西側にあった九社堂という建物を改築する形で建てられたといいますが、つまりは地域住民の寄進奉納による建物です。当時の神社氏子衆および地域住民の財力が偲ばれます。
明治時代から、京都の各地の主要神社境内において能舞台を建造する動きが盛んになりましたが、御香宮神社の能舞台はその先駆けでもありました。そのため、京都の他の神社の能舞台の幾つかはここ御香宮神社の能舞台を参考にしたようで、形式や建て方がよく似ている例が見られます。
しばらく見ていて、舞台中央の天井の四角い穴に気付きました。能楽の主な演目のひとつ「道成寺」を演ずる際に鐘をおさめる空間だろうな、と思いました。あの穴から鐘をつり降ろしたり、引き上げたりするわけです。 (続く)