「蘇鉄の間」と「黒書院」の連接部の戸袋を見た後、その真上の軒の重なりを見上げながら嫁さんが言いました。
「建物が繋がってるところの軒って、片方がもう片方の軒を切ってるみたいな感じになるんですね。軒同士を組み合わせて繋いだりしないんですねえ」
「まあ、そうやな。宮廷建築は割と屋根や軒とかを綺麗に繋ぐけど、武家の御殿建築は建物を主要なものから順に建てて、後で繋ぐという建て方をするケースが多かったらしいから、あのように軒は一方が切られる形になるな」
「蘇鉄の間のほうが後から追加されてるんですね」
「そうやな。黒書院は大広間に次ぐ格式を持つんで、将軍家と徳川譜代の大名や高位の公家などの対面所として使われたからな、建てた順番は黒書院のほうが先になるな」
「じゃあ、蘇鉄の間って、慶長の築城の時は単なる渡り廊下やったかもしれませんね?」
「その可能性はあるかもしれんな。寛永の大改修そのものが後水尾天皇の行幸を迎える為に行われてるからな、それ以前の慶長の建物は徳川家の私城レベルで造ってただろうから、もっと質素な実用本位の御殿だったかもしれん。蘇鉄の間なんてのも最初は無くて、ただの廊下やったから、寛永の改修でいまのような立派な廊下殿に建て直してると考えたほうが良いかも」
「うん、私もそう思いますー」
それから「黒書院」を見ました。内部は五つの部屋に分かれ、東側の廊下空間も「牡丹の間」と呼ばれて障壁画で埋められます。その障壁画の一部は、慶長の築城時のものが残されている可能性が指摘されています。
「慶長の築城時の障壁画が残ってるということは、建物そのものも慶長の御殿の一部が残されている、ということなんですかね?」
「寛永の大改修でどれだけ直したかによるな。柱も壁も全部取り替えていたら、障壁画も全部撤去しないといけなかっただろうし、建物の一部だけを直したんであれば、もっと古式の部分が色々残っててもおかしくないんやけど・・・、でも文化財調査の報告書だとほぼ新築同然と述べてるし、ごく一部がかろうじて残された、ということやろうな」
「なんだか、もったいないですねえ、家康が築城した最初の御殿の景色も見てみたいですねえ」
それから嫁さんは屋根の破風を見上げて、あー、とガッカリしたような声を上げました。
「どしたん?」
「うん、あの破風飾りとか瓦の家紋もみんな皇室の菊ですよ、德川家の御殿なのに三つ葉の葵紋が全然見えませんよ・・・」
「それは仕方ないやろ、大政奉還に明治維新で、二条城も召し上げで皇室の離宮になったんやから、ああいう装飾なんかは変えられてしまうもんやし・・・」
「でも現在は元離宮でしょ?皇室の所有じゃなくなって、京都府の所有になってるんでしょ?・・・なのに菊紋は付けたまんまで外さないんですよねー」
「なんやね、所有元が変わったから菊紋は外して京都府の府章つけろってか?六葉形のあれ・・・」
「えええ・・・、それは有り得ない・・・です・・ね・・・、あははは」
二の丸御殿の北端に位置する「白書院」です。間取りは「黒書院」と共通ですが、規模は少し小さくなっており、内部の障壁画も水墨画がメインとなって落ち着いた空間意匠にまとめられています。徳川将軍の居間と寝室に使用された建物とされており、他の豪奢な建物とは趣が異なっています。
「要するに、いまの住宅で言う居間と寝室の組み合わせの基本形なんですよね」
「せやな」
「黒書院や大広間のほうは、現代風に言ったら応接間なんですよね」
「うん」
「で、式台が玄関、遠侍が待合室になるのかな」
「そうなるね」
「白書院」から引き返して、もときた道を戻りました。戻りながら、嫁さんは並ぶ建物の屋根の破風や瓦などをずっと観察していましたが、「大広間」のそれを見上げた時に「あれー、破風の飾り物が外されてますねえ」と指さしました。
「ああ、ほんまやな。破風の飾り金具がほとんど外されてるな、菊紋も無くなってるな、なんでやろな」
「大広間の建物だからですかね?」
「分からんね」
「でも、なんかこう、このほうが德川家の御殿って雰囲気がしません?・・・あれ、・・・あっ!!」
「なんや、なに?」
「あれ、屋根のてっぺんのあれ見て、えーと、鬼瓦っていうんだっけ・・・」
「鬼瓦?」
「おお、德川の葵紋が付いたままやんか・・・」
「うん、德川の三つ葉葵、わー、初めて見たー、すごーい」
「確かにあれはすごい、元の鬼瓦がそのまま残されてるな、これは僕も初めて見たなあ・・・」
「あれですよ、あの紋がついててこそ二条城の御殿なわけですよね、德川の城のしるしですよ」
「ああ、そうやな」
それからの嫁さんは大満足で上機嫌でした。「今日はもう時間が無いですから次に行きますよ、二条城はまた機会を見て行きましょう」と言いました。
「また行くの?」
「今日は内部を回りましたでしょ、外回りをまだ見てないですもんね・・・」
「え、外回り・・・、って、城の外濠の回りを一周するってこと?」
「ええ」
「なるほど、それは僕もやったことなかったねえ」
「あ、外回りは見て無かったんですか?」
「うん、北大手門と西門は昔に外から見たことあるけど、一周はしてなかったから、隅櫓とかは見てないんやな」
「じゃ、今度は外回り一周、決定ですよー」
「はいはい」
ということで、二条城を後にして、次の目的地へと移動しました。その次の目的地こそが、嫁さんの本来の計画コースで、今回の二条城は思い付きで追加したのでした。だから、予定よりも早く、朝から出かけたわけでした。
二条城には久し振りに行き、本丸御殿も初めて見ることが出来ましたが、数度目の訪問であったにもかかわらず、見ていなかった箇所、初めて見たような気がする場所などがあって、学びや気付きの多かった、楽しい半日となりました。
嫁さんはお城の勉強も兼ねて色々楽しんでいましたが、私もそれ以上に面白味のある考察の積み重ねが出来て、思った以上に有意義な時間を過ごせたな、と思います。 (了)