先日、田部井淳子氏の訃報をお聞きし、本当に残念です。
もっと長生きしてほしい方です。
心より、ご冥福をお祈りいたします。
昭和50年には世界最高峰のエベレストへの登頂に成功し、
アフリカのキリマンジャロやアメリカのデナリ、マッキンリーなど、
7つの大陸の最高峰の登頂に女性として初めて成功。
素晴らしい人生。
もっと長生きしてほしい方です。
心より、ご冥福をお祈りいたします。
昭和50年には世界最高峰のエベレストへの登頂に成功し、
アフリカのキリマンジャロやアメリカのデナリ、マッキンリーなど、
7つの大陸の最高峰の登頂に女性として初めて成功。
素晴らしい人生。
田部井氏にお会いしたのは、
2000年、ドイツの登山家ピット・シューベルト氏
(当時、ドイツアルペン協会会長、国際安全対策委員長)の
日本勤労者山岳連盟主催「日本縦断講演会」の通訳をした時のこと。
(すでに通訳の仕事は、もう受けて居ない頃でしたが、
他に人が居ないとのことと、
私がドイツ取材の際に打ち合わせができるということで、お受けすることになりました。
そのおかげで、たくさんの出会いや、新しいことを学ぶ機会となり、
日本勤労者山岳連盟の方々には、感謝しております)
全く知らない世界「登山」について必死に調べることになりましたが、
このことは、知らない世界を知ることになり、
とても勉強になったと実感しています。
東京のパーティーで、田部井様にお会いしました。
色々お話しをする機会を得て、とても光栄でした。
田部井氏は、とても自然な感じで、
光るもの、すばらしい「華」がおありでした。
今も明るい笑顔が目に浮かびます。
シューベルト氏は「世界第一の女性登山家!」と絶賛なさっていました。
世界の7つの最高峰から、輝く天国への階段を登られる姿を想像しています・・・。
ご冥福をお祈りいたします。
写真を見ると、日本勤労者山岳連盟の方々とシューベルト夫妻と、北海道から九州まで1週間以上の講演旅行も思い出されます。毎日、朝か晩まで通訳でしたが、充実した毎日でした。
後に、シューベルト夫妻と、ザイルを巻いて、アイゼンを履いて、
さらに、シューベルト氏の強硬な勧めで、一眼レフを担いで、
4泊5日のオーストリア・イタリアアルプス登山
(寒い夏で、4000mは雪の世界)をしたこともありました。
山小屋に泊まり、これも、知らない世界を知る、素晴らしい機会でした。
雲が金色に輝く夕暮れや、猛吹雪・・・私にとっては過酷で美しい自然でした。
お家に泊めてもらって、キッツビュールで山歩きをしたこともあり、
人との出会い、本当に不思議です。
後に、シューベルト夫妻と、ザイルを巻いて、アイゼンを履いて、
さらに、シューベルト氏の強硬な勧めで、一眼レフを担いで、
4泊5日のオーストリア・イタリアアルプス登山
(寒い夏で、4000mは雪の世界)をしたこともありました。
山小屋に泊まり、これも、知らない世界を知る、素晴らしい機会でした。
雲が金色に輝く夕暮れや、猛吹雪・・・私にとっては過酷で美しい自然でした。
お家に泊めてもらって、キッツビュールで山歩きをしたこともあり、
人との出会い、本当に不思議です。