楽学天真のWrap Up


一語一句・一期一会
知的遺産のピラミッド作り

人斬り以蔵(1)

2006-10-29 17:52:14 | 読書
人斬り以蔵

新潮社

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司馬遼太郎30代の短編集
 司馬は変人奇人の類いに興味がそそられる趣旨をどこかで書いていた。しかも身分が低くかつ歴史の舞台で瞬間で消えていった逸材。最初は大村益次郎。あいさつもできない、暴慢無礼。しかし、意思は貫き通し、近代戦争として明治維新を担うも、その傲慢無礼が講じて、維新後暗殺される。研究者にもこの類は多い。科学の革命期には大活躍できるが、定常科学の世界では生きていけない。それにしても、司馬はこの人を通じて何を訴えたかったのか。昭和30年代、戦後も安定期を迎え、高度成長期に向かう前夜である。人は多様であり、活躍できる時期を見失うな、という奇人変人へのメッセージ?それともあらゆる人材を生かせという、使う側へのメッセージ?あるいは所詮、人の調和は一瞬であるという、所業無常のメッセージ?
 岡田以蔵もしかり、今テレビドラマで進行中の「功名が辻」山口一豊によって、滅びた長宗我部の家臣は郷士、以蔵はさらに下の足軽。そのような出自と身分を超えた理想を掲げつつ、結局はそれに引きずられ、心深いところでは身分差別がしみついていた土佐勤王党、武市半平太と共に、最後は国も土佐も大逆流の嵐の中で消えていく。身分の卑屈と傲慢を超えられないことが、結局命を奪う。司馬は何を言いたい?所詮、そんなもの。あるいは、それをなんとかしようと人間はもがき、時間切れとなる?そして代を重ねて同じことが繰り返される。殺したり殺されたりの激動は、そのような動きを劇的に、かつ一気にすすめるが、所詮、平和であっても変わらないと言いたいのだろうか?戦後10年を経た時の司馬のメッセージはなんであるのだろうか?
 まだ短編2編である。先を読みながら、考えてみよう。
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