・嬉しいもの
◎新しい物語の、
一の巻だけ読んで、
続きを読みたいと思うのに、
手に入らない
やっと手に入った、
しかもたくさんあって、
当分楽しめると思う時の嬉しさ
◎恐ろしい夢を見て、
夢解きの者を呼んで、
話したところ、
それをめでたい方に、
解いてくれた
◎人の破り捨てた手紙などを、
「これ、続きじゃない?」
と右衛門の君がひろげて見入る
私ものぞいてみると、
うまく続いていて、
その面白いことといったら・・・
「あら、
人の手紙なんか、
見てはいけないわ
お止しなさいよ」
と中納言の君が眉をひそめる
この中納言の君は、
宰相の君とともに、
上臈女房で身分も重い、
古参女房であるが、
私の見たところ、
才気はあまりなく実務家である
後宮の運営、
人々のたばね、
といった方面の才能はあるが、
社交や応酬の面白みはない人である
私は、
今では同室の式部のおもとに、
聞いた予備知識以上に、
後宮の女房の、
あらましの輪郭は描けるように、
なっていた
私の今までの世界は狭いけれど、
弁のおもとに連れられて、
こっそりのぞいた、
東三條院のお邸、
それから兵部の君に、
それとなく見せてもらった、
土御門邸(中宮大夫・道長邸)
そこで出会ったさまざまの女房たち
また、諸所の名邸も見た
則光、
かつての夫、
すでに私と則光のあいだには、
文さえ通わせ合うこともなくなった
心残りの唯一であった吉祥も、
いまは横川(よかわ)へ、
修行に行っている
僧になったのであった
嬉しいことに、
心の平安が体の健康をも、
もたらしてくれたのか、
吉祥は「元気でいる」
ということであった
そして、たいていの人を見て、
かなり正確に輪郭を、
つかめるようになっていた
それに私は、
自然が好きなのと同じく、
人間が好きなのだった
人間が好きなのに、
なぜ則光と一緒にいたい、
という気をおこさなかったか
次々と新しい発見をすることに、
心ひかれたからである
中納言の君は、
面白みのない女だが、
宰相の君は才女だった
いったい、
男でも女でも、
才気があって人がいい、
という両方の美点を持つ人は、
めったにいないものだが、
この宰相の君は、
気がやさしく才気ある女性で、
定子中宮も、
この方を愛していられるようだ
ただ、
「気のいいのも馬鹿のうち」
というけれど、
宰相の君は、
人の噂話をするときは、
決して口を出さない
ふっくらぽっちゃりした、
色白の美人で、
右大臣のお孫らしい気品のある人
いつもにこにこして、
この人の口から、
悪口などは聞かれない
その点、
人を刺すワルクチをいって、
面白いのは右衛門の君
意地悪だけあって、
右衛門の君のいうことは面白く、
私は彼女と気が合う
だから、
彼女と人の噂話、
ワルクチを言い合うのも、
「嬉しいこと」
でも、内裏暮らし自体、
なべて嬉しからぬものがあろうか
昼のけざやかさ、
明るさに代わって、
夜の物音、気配もまた、
劣らずおくゆかしい
その情趣に身をひたしている、
嬉しさ
夜の物音は、
すべてほのかに優雅である
忍びやかに、
若々しい女房の返事
遠くでかすかに聞こえる、
ちろろという音は、
銀の堤子の柄が倒れて、
物に当ったのであろうか
銀の匙、
銀の箸のふれあう、
かすかなときめき
大殿油はともさず、
炭櫃に火ばかりおこしてあって、
その光の照り映えで、
御張台の紐などが、
つややかに見える
火桶の灰も清らかに、
火はよくおこり、
内側に描いた絵も、
きれいに見える
火箸が光り、
きちんと斜めに立てられてある、
めでたさ
夜は更け、
中宮もおやすみになる
女房たちも寝静まる
誰かがひそひそと、
殿上人と話をしている
奥の方で、
碁石を碁笥に入れる音がする
それも心にくい
今宵は式部のおもとも、
宿下りして部屋は私一人
夜中、
ふと目をさますと、
隣の部屋で忍びやかに男の声
話の内容は聞こえないが、
ひどく忍んだ男の様子が、
たしなみありげで、
面白かった
たぶん、
身分ある男なのだろう
こちらは灯を消し、
隣も消しているが、
軒から下がった吊灯籠の灯が、
上から透いて室内へさしこんでいる
そのせいで、
おぼろげに隣の様子も、
すき間からうかがえる
親しくない女房なので、
顔も知らないのだが、
几帳のかげに男といる、
髪のかかり、
頭の格好など、
美しい人らしい
男の直衣や指貫は、
脱いで几帳にかけてあった
そして二人の話は、
そめそめと終夜続いた
私はそのひそやかな、
ささやきを聞きながら、
実方の君と、
棟世のことを思い出している
(次回へ)