はぎやまのりへいの日常

読書、映画、美術展、そしてキャリア教育。
好奇心と愛で書き綴ります。

Vol.347 ZIGGYとコンプレックス

2019-03-20 21:11:13 | 音楽
今でこそスイッチ入りっ放しの
意識高いおじさんのアイデンティティを持つ僕だけど、
実は何ひとつやり遂げられなかった苦い青春の記憶を持っている。

大学には入ったけど、
授業にはほとんどでてなくて成績は最悪、
サークルもすぐやめて、
ちょっと劇団に入ったけど一度も本番を迎えることなくやめちゃったし、
「自分はロックだから」なんて生意気言っても、
バンドさえ1年続かなかった。
目先のお金がなくてスタジオ代やライブのチケットのノルマに苦労して、
アルバイトで稼ぐことに必死で、
そのうちアルバイトが手段じゃなくて目的になっちゃった。
自分に自信はあったけど、
信念とビジョンがなかったからうまくいくはずがなかった。

ZIGGYというバンドは僕にとっての誇りでもあり、後悔でもある。

というのは、

僕がバンドで出演していた国分寺モルガーナというライブハウスに
同時期にZIGGYも出演していた。
モルガーナでは、ZIGGYはもちろん演奏も歌もずば抜けていた。
しかし当時モルガーナではエレクトリック・ウォリアーズというバンドが人気があって、
うちのバンドと仲が良かった。

そのウォリアーズと対バンで出演した時に、
当然ウォリアーズが目当てだったのだけど、
ZIGGYの森重さんが見に来てくれたことがあった。

うちのバンドの出番が終わって客席に降りてウォリアーズの演奏を見ていたら森重さんに

「面白かったよ、俺たちのライブも見に来てな。今度対バン組もうな。」
と声を掛けられた。

高校時代に子供ばんどのコピーバンドをやっていた僕は、
うじきつよしのトークが染みついていて、
シリアスなヘビメタバンドだったにも関わらず、
おもしろトークを連発してしまったのだ。

でも結局ZIGGYと対バンを組むことないままに僕はバンドをやめてしまった。

僕がバンドをやめて1年か2年、本屋で音楽雑誌、
たぶん「player」を立ち読みしていたら、
そこにZIGGYが載っていたのでびっくりした。
声が良くて歌はうまかったし、
カッコ良かったからプロになることは必然的だったけど、
約束通りZIGGYのライブ観に行けば良かったなあとか、
対バンしたかったなあとか、
そもそももう少しバンド続ければ良かったなあと、
その日から30年以上経った今でも後悔が続いている。

その後悔の根本に立ち戻れるだろうかと
ZIGGY森重さんが登場するSchooの生放送を3月8日に見た。

昭和38年生まれというから自分よりも2つ上。
とてもそうは見えないほど若い。
当時は穏やかで大人っぽい人だなあと思っていたけど、
変わらず穏やかでロックな人だった。

Schooでの森重さんの話を聞いて思ったのは、
「ビジョンが明確」「覚悟ができている」ということ。

なるほどね、
何にもまして音楽を優先するという「覚悟」が
残念ながら自分にはなかったってことなんだな。

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