昨日の原田は、「戦艦12隻」という本を読みました! この本は、国威の象徴として太平洋に君臨した日本の戦艦12隻の生涯を活写したノンフィクション作品で、潮書房光人社から昨年9月に出版されたものです。 私は出版と同時に購入して既に一度読んでるんですが、昨日再び読んでみました。
太平洋戦争中、日本には「金剛」「比叡」「榛名」「霧島」「扶桑」「山城」「伊勢」「日向」「長門」「陸奥」「大和」「武蔵」 と全部で12隻の戦艦がありました。
各艦の概要と戦歴を書いてみます。
●《金剛型》
この型の戦艦は一番古いにもかかわらず速力が速かったため、太平洋戦争で最も活躍しました。 日本の戦艦は、昔の日本の国の名前を付けることが慣例だったが、金剛型は当初、巡洋戦艦として建造されたため、山の名前が付けられています。
・「金剛」=1913年8月16日にイギリスのビッカース社で竣工。 開戦時の南方作戦支援・インド洋作戦・ミッドウェー海戦・ガダルカナル島砲撃・マリアナ沖海戦・レイテ沖海戦に参加、1944年11月21日に台湾海峡でアメリカ潜水艦の雷撃により沈没。潜水艦に撃沈された唯一の戦艦です。
・「比叡」=1914年8月4日に横須賀工廠で竣工。 真珠湾攻撃・インド洋作戦・ミッドウェー海戦・第2次ソロモン海戦に参加、1942年11月13日に第3次ソロモン海戦で沈没。
・「榛名」=1915年4月14日に神戸川崎造船所で竣工。 開戦時の南方作戦支援・インド洋作戦・ミッドウェー海戦・ガダルカナル島砲撃・マリアナ沖海戦・レイテ沖海戦に参加、1945年7月28日に呉で空襲により大破着底。
・「霧島」=1915年4月19日に三菱長崎造船所で竣工。 真珠湾攻撃・インド洋作戦・ミッドウェー海戦・第2次ソロモン海戦に参加、1942年11月15日に第3次ソロモン海戦で沈没。
●《扶桑型》
この型の戦艦は、完成当時は世界一の巨艦だったが、太平洋戦争時には旧式化し、また速力も遅かったため、あまり活躍はできませんでした。
・「扶桑」=1915年11月4日に呉工廠で竣工。 ミッドウェー海戦に参加、レイテ沖海戦に西村部隊(第3部隊)の1艦として参加したが、1944年10月25日に沈没。
・「山城」=1917年3月31日に横須賀工廠で竣工。 ミッドウェー海戦に参加、レイテ沖海戦には西村部隊(第3部隊)の旗艦として参加したが、1944年10月25日に沈没。
●《伊勢型》
扶桑型の改良型です。当初は扶桑型3番艦として建造の予定でしたが、扶桑型に問題が生じたため、改良を加えられました。ミッドウェー海戦で日本の空母が4隻も沈められたことにより、空母の不足を補うため、後部2砲塔を取り払って飛行甲板を取り付けた航空戦艦に改装される。
・「伊勢」=1917年12月15日に神戸川崎造船所で竣工。 ミッドウェー海戦に参加・レイテ沖海戦には小沢部隊の1艦として参加、1945年7月28日の呉への空襲により大破着底。
・「日向」=1918年4月30日に三菱長崎造船所で竣工。 ミッドウェー海戦に参加・レイテ沖海戦には小沢部隊の1艦として参加、1945年7月28日の呉への空襲により大破着底。
●《長門型》
世界で初めて40cm主砲を搭載した戦艦です。長く連合艦隊の旗艦だったので、日本国民に最も親しまれた戦艦でした。
・「長門」=1920年11月25日に呉工廠で竣工。 ミッドウェー海戦・マリアナ沖海戦・レイテ沖海戦に参加、終戦時は横須賀で中破残存。
・「陸奥」=1921年10月24日に横須賀工廠で竣工。 ミッドウェー海戦に参加、1943年6月8日に広島湾の柱島泊地で火薬庫爆発事故により沈没。
●《大和型》
世界最大の46cm主砲9門を搭載した戦艦です。
・「大和」=1941年12月16日に呉工廠で竣工。 連合艦隊旗艦としてミッドウェー海戦に参加、マリアナ沖海戦・レイテ沖海戦に参加、1945年4月7日に沖縄水上特攻に向かう途中に爆撃により沈没。
・「武蔵」=1942年8月5日に長崎造船所で竣工。 マリアナ沖海戦に参加、レイテ沖海戦において、シブヤン海を進撃中に敵空母機の集中攻撃を受け、1944年10月24日に沈没。