7月4日、日本政府は韓国に対する輸出規制の強化策を発動した。「報復はけしからん」と息巻く韓国人が多い中で「そんな生易しいことでは終わらない。日本は我が国を潰すつもりだ」と見切る韓国メディアが出てきた。(鈴置高史/韓国観察者)

ウォンが急落
7月4日のウォン相場は前日比2・70ウォン高の1ドル=1168・60ウォンで引けた。1日から3日まで、韓国向けIT製品の素材の輸出規制強化――いわゆる「日本の対韓報復」を嫌気し売られていたウォンが、少し持ち直した。
今年第1四半期のGDPがマイナス成長と判明した4月25日以降、ウォンは売られ一時は1200ウォンに迫った(「蟻地獄に堕ちた韓国経済、『日本と通貨スワップを結ぼう』と言い出したご都合主義」参照)。
ただ、ドルの利上げ観測から6月24日以降は1150ウォン台に落ちついていた。しかし日本が「大韓民国向け輸出管理の運用の見直しについて」を発表した7月1日以降、再びウォンは売られた。
7月1日は前日比4・10ウォン安の1158・80ウォン、2日は7・20ウォン安の1166・00ウォン、そして3日は5・30ウォン安の1171・30ウォンと下げ続けた。
即効性の毒物「資本逃避」
IT製品の素材が円滑に日本から入らなくなると、半導体など主力産業がマヒすると韓国は焦っている。だが、その心配の前に、韓国経済の持病たる資本逃避を懸念せざるを得なくなった。
資本逃避は産業のマヒと比べ「即効性」が強い。韓国政府の防衛ラインと見られる1200ウォンを割り込めば、今すぐにも大規模な資本逃避が起きかねないからだ。
防衛ラインを死守するためには、外貨準備のドルを使ってウォンを買い支える必要がある。すると市場は外貨準備が先細りになると見透かし、ウォン売りに拍車をかける可能性が高い。
韓国はこの「蟻地獄」に1997年、2008年、2011年の3回、はまった(「韓国、輸出急減で通貨危機の足音 日米に見放されたらジ・エンド?」参照)。
韓国は今も、半導体価格の急落と中国経済の不振により輸出が急減し、通貨危機の再現を恐れている(「蟻地獄に堕ちた韓国経済、『日本と通貨スワップを結ぼう』と言い出したご都合主義」参照)
そこに「日本の報復」という悪材料が加わった。韓国からすれば「モノ」を通じた報復に見えて実は、すぐに効く「カネ」による毒物を盛られたことになる。
「国産化」では間に合わない
韓国政府は対抗策を打ち出した。7月3日、政府と与党「共に民主党」、青瓦台(大統領府)の3者は協議会を開き、日本からの輸入が難しくなる素材を国産化するために、年間1兆ウォンを投資することを決めた。
韓国経済新聞が「<速報>党・政府・青瓦台、『半導体に先制投資』…素材・部品・装備に毎年1兆投資」(7月3日、韓国語版)で報じた。
この記事は3日午前の会議を同じ日の朝9時過ぎに報じるという異様な早さだった。市場の動揺を抑える狙いで書かれたと見られる。
もちろん、こんな記事でウォン売りは抑えられなかった。国産化は短時間ではできないことは誰もが知っている。
経済産業省が発表した「大韓民国向け輸出管理の運用の見直しについて」によると管理強化は2段構えだ。
まず、IT製品を製造する際に使う3つの素材の韓国向け輸出を、契約ごとに審査・許可する方式に変える。これまでは1度許可を得れば、継続的に輸出できた。
3つの素材とは、有機ELの製造に使うフッ化ポリイミド、半導体製造工程で使うレジスト(感光材)とエッチングガス(フッ化水素)である。
レジストの場合、韓国でも製造しているが品質が低い。朝鮮日報の「日本の緻密な攻勢…韓国が輸入を多角化できない素材だけをズバリ探し出した」(7月3日、韓国語版)は「韓国製は10ナノ級以下の超微細工程では使えない。日本製品と同水準のレジストを作るのは『ゼロ』から研究開発する必要がある」と嘆いた。
第2段は「信頼できる『ホワイト国』の分類から韓国を外す」である。
WTOで韓国は「藪蛇」に
韓国メディアが一斉に報じる、もう1つの対抗策が「WTO(世界貿易機関)への提訴」である。日本が報復措置として韓国製品を差別するのは自由貿易の精神に違反している、との主張だ。
だが、「訴えても勝てない」との見方が韓国でも多い。なぜなら、今回の措置はあくまで「制度の厳格な運用」であり、「韓国に対する優遇措置の廃止」に過ぎないからだ。
下手に訴えると韓国の「藪蛇」になる可能性もある。「大韓民国向け輸出管理の運用の見直しについて」に、興味深いくだりがある。経産省の発表文を引用する。
・輸出管理制度は、国際的な信頼関係を土台として構築されていますが、関係省庁で検討を行った結果、日韓間の信頼関係が著しく損なわれたと言わざるを得ない状況です。 ・こうした中で、大韓民国との信頼関係の下に輸出管理に取り組むことが困難になっていることに加え、大韓民国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生したこともあり、輸出管理を適切に実施する観点から、下記のとおり、厳格な制度の運用を行うこととします。
日韓のメディアは「対韓報復」の原因に、いわゆる「徴用工」裁判の判決や、自衛隊機に対する射撃管制レーダーの照射をあげる。発表文の「大韓民国との信頼関係の下に輸出管理に取り組むことが困難になっていること」がそれに相当するのだろう。
韓国は「核武装幇助」
では、それに続く「大韓民国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生したこと」とは何を意味するのか。国連の対北朝鮮制裁を韓国が堂々と破っていることを指すと思われる。
韓国電力の子会社は密輸された北朝鮮の石炭を購入し使っていた。洋上で北朝鮮の船舶に石油などを積み替える「瀬取り」の国際的な監視網にも韓国は参加していない。北朝鮮に近い左派の文在寅(ムン・ジェイン)政権が「瀬取り」を黙認するためと疑う向きが多い。
北朝鮮の開城にある南北共同連絡事務所の運営用として韓国政府は石油を提供している。平壌で南北首脳会談を開いた後の2018年11月、「北朝鮮から送られたマツタケのお返し」として韓国政府は「ミカン200トン」を送った。保守の自由韓国党は「送ったのはミカンだけだったか」と疑念を表明した。
韓国は人道支援を名目に北朝鮮に対するコメ支援も開始した。これを突破口に、開城工業団地や金剛山観光事業を再開し、現金も北朝鮮に送る計画だ。
要は、韓国はモノやカネを北朝鮮に送り、核武装を幇助しているのだ(「文在寅は金正恩の使い走り、北朝鮮のミサイル発射で韓国が食糧支援という猿芝居」参照)。
ウラン濃縮にも使うガス
もし、韓国が「不公正貿易だ」とWTOに訴え出れば、日本は「韓国が国連制裁を破っているので『怪しい国』に認定しただけ」と反論するつもりであろう。
だからこそ、今回の韓国に対する輸出管理強化の2段階目が「外為法輸出貿易管理令で定める『ホワイト国』から韓国を外す手続きの開始」となっているのに違いない。
「信頼できる国」を意味する「ホワイト国」から外されれば、大量破壊兵器と通常兵器の開発と製造に使われる恐れのある物質や技術の日本からの輸入に関し、日本政府の審査が必要となる。
7月4日の制裁発動を控えた3日、世耕弘成経産相は「特に兵器などに転用される可能性がある技術を輸出する際には、しっかりとした管理を常に行うことが求められている。そういう意味で、不断の見直しの努力を行うのは国際社会の一員として当然だ」と、韓国の怪しさをさりげなく強調した。
なお、純度の高いエッチングガスはウラン濃縮の工程でも使われる物質である。韓国の反撃を期に、日本は西側の国に対し「北朝鮮だけではなく、その核武装を助ける韓国も経済制裁の対象にすべきだ」と呼び掛けるかもしれない。
韓国を潰す気だ
韓国では「怪しい国に認定された」との自覚が増している。中央日報は「日本『半導体素材の軍事転用に注目』…韓国を『安保憂慮国』扱いか」(7月3日、日本語版)で「エッチングガスが韓国の最終需要者に届いているのか、第3者に渡っていないか、民生用に使われているのかを綿密に管理する、と日本政府が表明した」と書いた。
左派系紙、ハンギョレはさらに踏み込んだ。「日本、経済報復を超え、国際貿易秩序における“韓国排除”狙うか」(7月3日、日本語版)である。左派系弁護士団体に所属するソン・ギホ弁護士の以下のコメントを紹介した。
・韓国に対する部品輸出に安保の憂慮があるという根拠が全くないのに、法を改正して日本の貿易秩序において韓国の地位を根本的に変えようとする措置だ。 ・日本の強硬派たちが強制徴用に対する一時的報復のレベルを超えて、国際分業秩序から韓国を排除し、韓国の経済成長を抑制すると共に、安保憂慮を口実にして南北間の接近を牽制しようとする長期的戦略のもと動いている。
単なる報復ではなく、北朝鮮と手を組んだ韓国を潰すつもりだ――と読んだのだ。報復なら韓国が譲歩すれば止まる。だが、韓国を潰すつもりなら、対応のしようがない。
米国が中国の通商上の不正を批判しながら中国製品に対する関税を引き上げ、西側のサプライ・チェーンから締め出そうとしているのと同じ構図である。
米国に助けてもらえない
日韓が対立する時、韓国のメディアは必ず「米国に日本を諫めてもらおう」と言い出す。しかし今回は、そうした意見は全く見られない。理由は2つあるだろう。
ちょうど今、米国が中国製品に対する関税引き上げを通じ、中国を屈服させようとしている。そんな時、「日本のWTO違反」を言いたてても、米国が話を聞いてくれるわけもない。
もう1つは、韓国が米国からレッド・チーム――敵方と見なされ始めたことだ。4月11日にワシントンで開いた米韓首脳会談は実質2分間で終わった(「米韓首脳会談で赤っ恥をかかされた韓国、文在寅の要求をトランプはことごとく拒否」参照)。
6月30日の米朝首脳会談は、板門店の韓国側施設で開かれたというのに、文在寅大統領は参加を拒否された。韓国は北朝鮮の使い走りと米国に見なされたからだ。
北朝鮮からさえも韓国は一人前のプレーヤーとして扱われなくなった。6月27日には「蚊帳の外から口出しするな」と罵倒されてしまった(「北朝鮮が韓国に“仲介者失格”の烙印 それでも文在寅が続ける猿芝居の限界が来た」参照)。
すっかり孤立した韓国は、常套手段である「日本を孤立させて圧迫する作戦」が使えなくなったのだ。
日米が組んで「韓国叩き」か
日本の安全保障専門家には、今回の対韓制裁は発動前に米国と十分に打ち合わせたと見る人が多い。確かに、そう見える。
朝鮮日報は「制裁の本質はサムスン潰し」と断じた。「<日本の経済報復>カギはEUV、サムスンの次世代半導体の工程を狙った」(7月3日、韓国語版)である。要約しつつ翻訳する。
・業界によると、日本が輸出を規制するレジストは次世代露光装置の「EUV(極紫外線)」タイプだ。DRAMの製造に使うレジストではない。 ・サムスン電子はDRAM依存体質を改善するため98兆ウォンを投資し、ファウウンドリーと呼ばれる半導体の受託生産事業に軸足を移す計画だ。 ・その必須の武器が5ナノ級の線幅の半導体を作れる「EUV」だった。が、日本の輸出規制によりファウンドリー世界1位、台湾のTSMC(台湾積体電路製造)追撃が困難になる。
米国は世界の企業に、中国の大手通信会社、ファーウェイ(華為技術)との取引をやめるよう呼び掛けている。だが、韓国企業は基地局などファーウェイの通信設備の購入を中止しないうえ、ファーウェイに対する電子部品の販売も続けるつもりだ。
サムスン電子はファーウェイにDRAMを大量に売っており、取引を中断すれば経営上の打撃が大きい。しかし米国の要請を無視すれば、どんな報復を受けるか分からない。もちろん中国からも「米国の言いなりになるな」と圧力がかかる。
韓国は米中の間で板挟みとなり、戦々恐々としていた。そこに思いがけない日本からの横矢。言うことを聞かない韓国企業に対し、米国が日本の制裁を使って警告したとも受けとれる。
サムスンの挫折は韓国の挫折
日本政府にそこまでの意図があるかは不明である。だが、サムスン電子の時価総額は韓国全体の20%前後を占める。「サムスンの挫折」は当然、「韓国の挫折」である。
「対韓制裁」以降、サムスン電子の株は売られ続けた。7月4日の終値は前日に比べ550ウォン高の45950ウォンだったが、発表前の6月28日と比べ、2・2%安い水準だ。
サムスン電子が下げると、ほぼ自動的にKOSPI(韓国株価総合指数)も下げる。するとウォンも下がる、というパターンに入るのが普通だ。際どい状況になってきた。
鈴置高史(すずおき・たかぶみ) 韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
週刊新潮WEB取材班編集
2019年7月4日 掲載