資金循環統計
新宿会計士
一部抜粋
莫大な家計金融資産
「資金循環統計」という統計があります。これは、たいていの国が作成している統計で、家計、企業、政府などの金融資産、金融債務の様子を一覧で確認することができるものです。
先日、日本銀行が公表するわが国の資金循環統計上、家計における投資信託が30兆円ほど過大計上になっていたとする報道がありました。
しかし、かりにそうだったとしても、家計が保有する金融資産は依然として1829兆円という巨額に達していて、家計資産のおよそ53%が現金・預金で、29%が保険・年金・定期保証で占められており、株式と投資信託を合計しても全体の15%、投資信託に至っては4%に過ぎません(図表1)。
物価水準の違う日本を上回る家計債務
ところで、私は以前からこの資金循環統計で、さまざまな国の債務状況を分析しています。ユーロ圏や米国なども興味深いのですが、やはり気軽に入手でき、分析できる国といえば、お隣の国でしょう。
これについて、韓国銀行が発表する資金循環統計によれば、2018年3月期における家計資産は3719兆ウォン、つまり約370兆円です。日本円に換算すれば、日本の家計資産(1829兆円)と比べて、ちょうど5分の1程度です(図表4)。
図表4 韓国の家計の金融資産(2018年3月末)
取引項目 | 金額 | % |
現金・預金 |
1608兆0022億ウォン |
43% |
保険年金基金 |
1173兆0030億ウォン |
32% |
株式・投資信託 |
766兆0020億ウォン |
21% |
金融資産合計 |
3718兆0024億ウォン |
100% |
(【出所】韓国銀行データより著者作成)
しかし、家計債務は1710兆ウォン、つまり約171兆円であり、日本円に換算すれば、日本の家計債務(318兆円)の半分以上を占めています(図表5)。
図表5 韓国の家計の金融負債(2018年3月末)
取引項目 | 金額 | % |
借入金 |
1603兆0041億ウォン |
94% |
(うち短期借入金) |
381兆0014億ウォン |
22% |
(うち長期借入金) |
1221兆0026億ウォン |
71% |
金融負債合計 |
1709兆0033億ウォン |
100% |
(【出所】韓国銀行データより著者作成)
冷静に考えれば、韓国の人口(5125万人)は日本(1.27億人)の半分以下ですから、人口当たりで見た家計債務負担は日本を上回っています。
- 韓国の人口当たり家計債務…約334万円
- 日本の人口当たり家計債務…約250万円
韓国の家計が日本の家計と比べてカネを借り過ぎているのか、日本の家計が韓国の家計と比べてカネを借りていなさすぎるのかは一概にはいえません。なぜなら適正な債務の水準は収入や資産の水準、経済成長率やインフレ率などに応じて変わるからです。
いずれにせよ、日本の家計債務は韓国の家計債務と比べて少ない、あるいは韓国の家計債務は日本の家計債務と比べて「多すぎる」、と申し上げて良いでしょう。
家計が借金まみれの国
では、韓国の場合はこの借金をどう見れば良いのでしょうか?私自身が先日からコメントを禁止されてしまった『中央日報』(日本語版)に、昨日、こんな記事が掲載されています。
といっても、元記事を配信したのは『韓国経済新聞』であり、中央日報はこれを翻訳しているに過ぎません(ただし、ここでは掲載しているのが中央日報であることから、「中央日報によると」、などと表現したいと思います)。
この中央日報の記事によれば、退職金に加えて借入までして食堂などの店を開きながら、借金を返せなくなる自営業者が増加しているのだとか。そして、自営業者世帯当たりの負債は1億ウォンを超えたなどと記載されています。
ここで、1円=10ウォンと換算すれば、自営業者は1人あたり1千万円程度の借金を負っている計算です。といっても、日韓の物価水準の違いなども考えれば、日本でいえば実質的・心理的には2千万円程度の借金を負っているようなものではないでしょうか。
中央日報は韓国の債務負担の問題を、こう述べています。
「稼ぐ金額より返さなければならない利子が多く増え負債を返せない自営業者が続出している。統計庁によると、1カ月以上返済を延滞した経験がある自営業世帯は2016年基準で全自営業世帯の4.9%に達した。常勤労働者世帯の延滞世帯の割合1.7%と比較すると3倍に達する水準だ。」
なるほど。債務の延滞が生じるのは、日本でいえば不良債権の一歩手前であり、状況はかなり深刻です。
利上げしたら爆死する経済
要するに、韓国経済は現在、利上げをしてしまえば、金利負担で家計債務の破綻が相次ぐ、ということです。
日本の場合は、これだけ利下げをして、日銀当預の一部にはマイナス金利まで適用している状況にあるというのに、それでも家計も企業もおカネを借りてくれません。しかし、韓国の場合は逆に、利上げをすると家計債務の破綻が相次ぐため、下手に利上げをすることができない、ということでもあります。
もし中央銀行である韓国銀行が利上げを行えば、市中の銀行の貸出金利も上昇し、家計としては収益力が追い付きませんから、借金を返そうにも返せないという悪循環に陥ります。その結果、家計債務が返済能力を超えてしまい、多くの人々が破産に追い込まれるのです。
では、どうして韓国では日本と違って、ここまで家計が重い債務負担を負っているのでしょうか?
おそらくその理由の一つは、雇用政策の失敗です。
日本だと、大企業や中小企業などが従業員を雇い、経営の専門家に経営を任せ、人々は安心して会社などの組織で働く、という仕組みが整っています。また、万が一、会社が潰れたりしても、雇用保険などの制度も整っているため、一時的な失業で生活が破綻する、ということは、あまりありません。
さらに、とくに大企業がそうですが、50代以降に第一線から外れた人であっても、子会社、関連会社などに出向先が用意されていることがあります。年金が支給される60代半ばまで、どこかで働くことができるため、わざわざリスクを取って、慣れない事業を起こす必要がないのです。
これに対し韓国の場合は、そもそも企業が40代の時点で「肩たたき」を行います。そして、第一線から外れた人は、まだまだ働けるにも関わらず、自分で転職先を探すか、それともリスクを取って、慣れない事業を起こす必要があります。
貯金をしていなければ、銀行から借りるしかありません。だからこそ、事業性ローンの残高が積み上がっているのです(※もしかしたら、「カネを借りるのに抵抗がない」という民族性もあるのかもしれませんが、このあたりの事情は定かではありません)。