60才からの僕の第二の人生

仕事は無上の喜び
理想を高く掲げて、突き進む
60才からの僕の第二の人生

頭がいいことの証明

2025-02-24 18:46:47 | 
僕の仲の良い同業者兼ライバルとの会話
僕「君は、自分のこと頭がいいと思っている?」
「うん、思っている。」

この時感じたのが、人間は誰しも自分の事は頭がいいと思っているということです。
勿論、僕もその一人です。

そう考えた時に、全ての人が自分は頭がいいと思っている、ってどういう事?
そもそも自分は頭がいいと思いたいのは、なぜなのか?

それは、一般的な単純な古い幸福論につながっていると思います。
一昔前までは、日本国民総中流階級と言う意識を持っていました。
その様な意識の中で少しマシなのは、大企業に入って少しいい給料をもらうことです。
そうすることによって、周りとは少しばかり違って、いい暮らしができます。
つまり、少しばかり幸福になれると言うことです。
そこで、大企業に入るには、いい大学に入らなければならない。
そして、いい大学に入るには、頭がよくなければならない。
大衆は、その概念を強く抱きすぎました。
そして、その概念だけが独り歩きしています。
「幸福になるためには頭がよくなけばならない。」

より多くのお金を稼ぐことが目的だったのに、お金を稼ぐことはさせておき、いい大学に入ることに価値があると思ったり、
お金を稼ぐことが出来ないのに、自分の事を頭がいいと言いきかえせ、お金に稼ぐことに興味がないふりをしたりします。
この様な矛盾がいたるところで露呈します。

僕の話に戻すと、僕もやはり自分の事を頭がいいと思い込もうとしていました。
人が頭がいいかどうかの真偽よりも大事なことはお金を稼ぐことが出来るかどうかを証明することが大事です。

僕が自分の事を頭がいいと思った理由を、もう一度整理して、それをこれからの仕事の進め方に組み入れなければならないと思っています。
そうしないと、僕の強みは全くゼロで、同業者に勝つことはできません。

ここで立ち止まり、もう一度よく考えてみようと思います。
自分の能力は何か、自分の発揮できる力はなんなのか?
そして、これからの人生、自分の強みを生かして全身全霊を込めて、この仕事に打ち込みたいです。

リストラ、最高!

2025-02-12 20:56:26 | 
同業者の新年会の集まりのことです。
開業してから、3年目の人と隣り合わせになりました。
その人は、リストラではなく早期希望退職者に応募したとのことです。

「早期希望退職って最高ですね。
色々な面で、自主退職よりいい条件で辞めらるのですよ。」
と言っていました。

私は、大手メーカーを3年で辞めたので、早期希望退職は経験していませんが、
その意見に大いに賛同しました。」
会社が辞めてくれと言っているのだから、大手を振って辞められます。
ここで辞めるときに、会社に引き留められて揉めると後味が悪く、前の会社との取引も期待できません。

それに引き換え、希望退職やリストラは大手を振って、しかも好条件で辞めらるのです。
こんないい制度を使わない手はないです。

仕事もただ誰かに与えらるのを待って、それをやるだけはなく、
自分で何の仕事をするかを決めて、自分で稼げばいいのです。
基本、それが仕事なのです。

早期希望退職やリストラって、独立するには最高のチャンスですね。

「あぁ、幸せだ!」

2025-02-06 22:22:15 | 
YouTubeでこんなことを知りました。
夜寝るときに
「あぁ、幸せだ!
なぜならば、、、、」
と言って3つの理由を言う。
これを15日間繰り返せば、人生が変わると言うもの。

変わるかどうか、やってみました。
夜、「あぁ、幸せだ!」
と言って理由は、大抵は仕事の事だったです。

「あぁ、幸せだ!
1,今日もやるべき仕事があった。
2,今日も仕事をやり切った。
3,あの人に僕の仕事をこんなに喜んでもらえた。」

いつもこんな感じで、幸せの要素に仕事が入ってきます。
少しこの作業をやっていると、僕って本当に仕事が好きで、それをやることで幸せになっているのだな、と気づきます。

別に仕事でなくてもよいと思います。
日常で不満を探すよりも、幸せなことを実感するのもいいことだと思います。

バイアス

2025-01-04 01:53:14 | 
僕の考えは、完全にオリジナルなものではなく世間やマスコミによる考えに影響されていると思います。
一番は、「労働は苦役だ」と言うことです。
「食べるために、仕方なく働く。労働者は資本階級に支配されている」
これは産業革命の資本主義に対抗する共産主義者の基本的な概念です。
僕は仕事に関して、そうは思いません。
まずこの世は自由主義です。
僕がこんなブログを書いても捕まることはないでしょう。
つまり、勝手に何でもでき、金儲けもやっていいのです。
しかも、いくら儲けもかまいません。
1万円位の果物や魚を仕入れて行商ができるのです。
この仕事の基本が、自由にできるのです。
つまり、誰でも好き勝手に商売、いや仕事ができるのです。
最近行ってきたフィリピンでも、街中で水を売っている幼い少女がいました。
自分で決めた仕事を、小資本でできる、これが資本主義の根幹です。
会社に雇われなくても仕事ができるのです。
自分で商売できるのに、会社に雇われたいと思った時から甘えが生じます。
そのことを理解して欲しいのです。
定年退職してから、仕事がないという人がいます。
ハァ?
仕事は無限にあります。
自分で作り出せるからです。
雇われたいという甘えを捨てれば、いくらでも働けるのです。
そう考えれば、仕事にも会社にも敬意が生じます。
人や世の中に仕事を通して貢献できることが何よりの喜びです。


「働ざる者食うべからず」

2024-12-15 18:50:35 | 
僕が子供の頃、良く聞かされた言葉。
「働ざる者食うべからず」

誰に言われたか、よく覚えていません。
調べてみると、新約聖書の言葉のようです。
多分そんなことを言うのは、父か母くらいしかないように思うのですが。
両親も僕の周りもに、そんな信心深い人はいなかったと思いますが、
とにかく、その言葉は僕の体に染みついてしまいました。

そして、憲法。
「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。」
全ての国民は、働かなければなりません。
我々には勤労の義務もありますが、勤労の権利もあります。

働き方改革だぁ?
これは、働く権利を著しく制限しています。

日本はどうして、こうも働くことに対して苦役感を演出するのでしょうか?
社会の役に立ち、人の役に立ち感謝される仕事をどうして苦痛だと、思いこませようとするのでしょうか?
働くことは、無上の喜びではないのでしょうか?