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挑戦!

2016-02-19 13:11:12 | 物語
「挑戦!」


20年前、80歳で水泳を始めた。

84歳で日本マスターズ水泳大会に出場。

翌年、85~90歳の部門で日本記録を5つ樹立した。

以来、世界新や世界初の記録を作り続け、100歳の今も現役だ。

「なせばなる、なさねばならぬ、何ごとも
ならぬは人の、なさぬなりけり」(上杉鷹山)

これが私の信念。

思えば、長年の苦労で精神力が鍛えられたのかもしれない。

私は1914年、山口県徳山市(現・周南市)に生まれ、
23歳で同じ山口の田布施町の商家・長岡家に嫁いだ。

家業は縄やむしろなど、わら工品の卸問屋で、主人は長男。

2人の子供産んだが、長男は若い頃に結核を病んで以来、入院することが多かった。

脊髄カリエスも患い、私が53歳のときに亡くなる。

それからは大変、主人に任せきりだった仕事を全部自分でやらないといけない。

帳面の付け方など、何から何まで、勉強だった。

しかも、わら工品は需要が減って、商売は苦しかった。

籾殻を鉄鋼会社に納める事業を始めて、うまく軌道に乗せた。

「死ぬまで商売だけやるのは嫌や」と、55歳で観世流の先生に師事して能の稽古を始めた。

先生はとにかく厳しくて、うまくできないと、扇子で背中を叩かれる。

扇子がボロボロになるほどで、何度も泣いて帰った。

だが、すり足や謡を懸命にやったことで体幹を鍛えられた。

やるならとことんやるのが私の性分。

教わった通りにできるまで、毎日自主稽古に励んだ。

年に1回の大会にも出て面と能装束をつけて有名な「羽衣」を舞わせてもらった。

ところが歳をとって膝に水が溜まり、思うように能の稽古ができなくなった。

あっちこっちの医者を回ったけどよくならない。

長男に勧められ、プールに入った。

最初は歩くだけだったが、泳ぐのも料金は一緒。
ならば、と我流の背泳ぎで泳ぎ始めた。

25mを泳げるようになるまで1年ほどかかったが、コツがつかめた。

長男に勧められて出場した大会でも良い結果を出せた。

だが真剣に水泳に取り組み始めたのはもっと後になってからだ。

87歳で耳が聞こえづらくなり、長年の生きがいだった能をやめるしかなくなった。

耳がだめじゃ、どうしようもない。

悲しくて気力がわかなかったが、水泳だけは続けた。

2002年、88歳で世界マスターズ水泳選手権大会に参加。

銅メダルを取った。

2年後の世界大会は銀メダルが3つ。

でも悔しかった。

やるなら金メダルを取らにゃつまらん。

通っていたプールのコーチ、沢田真太郎さんについた。

「次の世界大会で金メダルを取りたい」。

金が取れるまでは専属で教えてほしい、とお願いして特訓が始まった。

指導のおかげで効率的に泳げるようになり、タイムがどんどん速くなった。

2006年、サンフランシスコの世界大会で念願の金メダルを取った。

でも、3つの種目に出たのに、金は1つだけ。

まだ足りん。

また負けん気が出てきた。

95歳で苦手な平泳ぎに挑戦して、96歳の世界大会では5つの種目で金を獲得。

記録もどんどん伸ばした。

泳ぐときは記録のことも何も考えない。

ターンの数えるだけ。

それでも良い結果が出るとやはり嬉しい。

今年の7月の大会では50メートルの背泳ぎで半年前の記録よりも17秒タイムを縮められ、1分33秒で泳げた。

表彰してくれたソウル五輪金メダリストの鈴木大地さんが目を丸くしていた。

今年は大きな目標があった。

前人未到の「100歳で1,500メートルを完泳」することだ。

長水路(50メートルのプール)では6月に達成できたが、
短水路(25メートル)ではまだ。

4月に挑んだは、息が続かず棄権した。
実は膀胱炎を患って体調が良くなかった。

10月の大会でもう一度泳ごうとしたら、今度は最初から飛ばしすぎて、また途中棄権。

来年4月の大会では必ず泳ぎ切る。

それが今の私の目標だ。

かなえられたら、背泳ぎで泳ぐ種目を完全制覇し、100~104歳の部門で18の世界記録を打ち立てることになる。

今も週に2回はプールに行って、休まず1,500メートル泳いで帰る。

山口で一人暮らしをして、掃除、洗濯、買い物、炊事、全部自分でやってきた。

今は横浜に住む長男がよく帰ってきてくれて、身の回りの世話をしてくれる。

大船に乗ったつもりで、これからも挑戦を続ける。

何事も苦しい目を見ないといけん。

怠けたら、ろくなことがない。

苦は楽の種、楽は苦の種。

えらい目をみたら、それだけの報酬がある。

やっぱりやるなら、とことんがええ。


(「日本経済新聞・文化面」平成26年12月19日 長岡三重子さんより)


これを読んで、私は初心の事を思いました。


「三つの初心」


「当流に万能一徳の一句あり。
初心忘るべからず。

この句、三箇条の口伝あり。

是非の初心忘るべからず。
時々の初心忘るべからず。
老後の初心忘るべからず」


室町時代の能役者、
世阿弥(ぜあみ)の格言である
「初心忘るべからず」。

芸事を極めるために、
三つの初心を忘れてはいけないと説いています。


一、是非(ぜひ)の初心

若い時は、うまくいってもおごらず、

うまくいかなくても一生懸命の心を忘れずに、

ただひたすら稽古を積んでいくと
必ず飛躍につながる。


二、時々(じじ)の初心

いつ、いかなる時も、慣れに慢心せず、
その時々の初心を大切にすれば、
芸はより磨かれていくもの。


三、老後の初心

芸を学び極め、人生の先達になるが、
老いても老いにふさわしい新たな芸を磨くことは新鮮であり、
充実した人生を送ることができる。


私たちは、

「物事を始めたときの志を忘れてはいけない」

と言う意味で
「初心忘るべからず」
を使います。

けれども世阿弥の言葉は、最初の志に限らず、

人生のあらゆる時期に、

全力を尽くすことの尊さを教えてくれているのです。

(「職場の教養」3月号より)


長岡さんは、無意識に、
こんな生き方を、してるんですよね。