ゲームで脳が働くのか?
「可塑性(かそせい)」という言葉がある。
例えば、粘土の1カ所を指で強く押すとその部分が凹んで、戻らない。
あるいは、プラスチックに熱を加えるといろんな形に変化し、冷却すると固まって元の形に戻らない。
さらに、凹んだ粘土にまた別の力を加えれば元の形に戻すことができる。
プラスチックも再び熱を加えることで、また違う形にもなるし、元の状態に戻すこともできる。
これが「可塑性」の特徴である。
以前、人間の脳は「非可塑性」といわれていた。
どこかの細胞が損傷したり、劣化して認知症などの障がいを持ってしまうと、
二度と元の脳には戻らないというのが通説だった。
ところが、近年、脳には可塑性があることが、様々な実験で証明されている。
脳細胞のどこかが損傷しても別の細胞がその機能を補ったり、
「ある学習療法」を取り入れることで認知症が劇的に改善して、
元の生活を取り戻したという症例が報告されているのである。
『致知』という月刊誌の12月号で、東北大学の川島隆太教授が興味深い話をしていた。
川島さんといえばの「脳トレ」ブームを世に巻き起こした人である。
「高齢になって脳機能や生活の質が低下する1番の要因は、
記憶容量が小さくなることです」
と川島さん。
机に例えてこう説明していた。
若者の脳は大きな机のようなもの。
広いのでパソコンやノート、たくさんの資料を机の上に広げることができるが、
高齢になると机が狭くなり、
その上におけるものが少なくなる。
最後にはノート1冊すら広げられなくなるという。
そして恐るべきことに、
「昨今の若者の脳が高齢者の脳と同じ状態になっている」
と川島さんは指摘する。
電子ゲームやFacebook、Twitter、LINEなどのSNSを1日何時間もやっている若者たちの脳である。
ところで、「科学」というものは、最初にある仮説を立て、それが正しいかどうか実験して証明するものだが、
30年ほど前、大学院生だった川島さんは、ある仮説を証明するための実験をしていた。
それは「人の脳は、楽しいことをしているときは活性化し、嫌々してるときは働かない」
という仮説である。
至極当たり前のように思われるが、
それを科学的に証明しようとしていたのだ。
「楽しいこと」とは電子ゲームで、「嫌々すること」は教科書を読むとか計算ドリルなどの勉強だ。
実験結果は、川島さんの予想した仮説と正反対だった。
ゲームをしているときの脳は、活性化するどころか逆に制御がかかっていたり、眠った状態になっていた。
一方、いやいやでも勉強しているときの脳は活発に働いていた。
この理由が分からず、またゲーム会社と提携してやっていた実験だったこともあり、
川島さんはそのデータを世に発表できず、何年もお蔵入りさせていた。
後に川島様新しい仮説を立てた。
「計算や文章を読む刺激によって、脳を発達させる何らかの遺伝子が発現しているのではないか」
と。
昔、寺子屋などで子供たちは「読み・書き・算盤」を習っていた。
その遺伝子が現代の子供達の脳のにもしっかり組み込まれているのかもしれない。
先に紹介した認知症を劇的に改善させた「ある学習療法」とは、
文章を声に出して読む「素読」である。
「素読」とは黙読と違い、視覚の情報を音(声)に変換させる。
その時、口を動かす。
息を出す。
その音を耳が聞く。
読む速度はゆっくりではなく、
少し早く読むのが、ポイントだそうだ。
こういう二重三重の機能が脳の「可塑性」を刺激し、
お年寄りだけでなく、ゲームやSNS漬けになって劣化した若者の脳さえも元気な脳に蘇生させるという。
ただ、わかっちゃいるけどやめられないゲームやSNS。
「アルコールやタバコのように規制の対象にすべき」と川島さんはいう。
そういうことになる前に、「素読」を生活習慣にしてみるのはどうだろうか。
(「みやざき中央新聞」11.28 水谷さんより)