hideyukiさんの、令和もみんなガンバってますね!笑み字も!Webにも愛と光を!

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不機嫌をなおすゲーム

2016-07-31 18:00:23 | お話
🍀🍀不機嫌をなおすゲーム🍀🍀


被害者意識があると、

なんでも人のせ、社会のせいにして、

年中不機嫌になっていきます。

不機嫌な人というのは、別のいい方をすれば、

自分に取り組んでいないため、不満が大きい人。

自分自身に患っているので、

人のことに関心を向けるどころじゃない。

常に、自分のことでいっぱいなので、

子供に対しても、パートナーに対しても、友達に対しても、

関心が薄いんです。


被害者意識の代表選手といって、
一番はじめに頭に浮かぶのは、
僕の母親です。

僕は子供の頃から母親に、

「なんで、そんなに不機嫌なの?

あなたの不機嫌と僕の状態には、

何の関係もないでしょ」

といっていました。

すると、

「あんたが、いつも私を不機嫌にさせることをいうからよ!」

と、また僕のせいにします。

「なんで、自分で自分の機嫌をとれないことを、人のせいにするの?」

と聞くと、

「あんたと話していると、私がまるで
悪人みたいじゃない」

と、さらに不機嫌がヒートアップしていきました。

僕は、

「いやいや、むしろあなたを悪人といっているんですよ」

と返したのですが、

こんな感じで、母はいつも、

自分の気持ちや感情に自分でケリをつけないで、

人のせいにばかりにして
文句をいい続けていたのです。


人生がうまくいかないという人に共通するのは、

うまくいかないその原因が外側にあると思っていることです。

相手のせい、社会のせいにして、

「私は不機嫌にさせられたのだ」

「私の人生は狂わされたのだ」

と思っている。

でも、人のせいにしている限り、

自分のなかに原因があることがわからないから、

いつまでたっても、人生はうまくいかない。


常に人間関係ではトラブル続きだし、

経済的にも潤わず、家族仲も悪い。

そんな状態がずっと続きます。

外側にあるものが自分を苦しめていると思っているので、

本人はもちろん不機嫌。

すべてが、何かのせいになっているので、

本当は目の前に広がっている幸せが見えません。

住む家がある、家族は健康、

子供たちも問題なく学校に通っている、

毎日食べるものがある…。

なのに、不機嫌なのです。


自分を不機嫌にさせる原因は、自分の内側にあることを認めない限り、

ずっと感情に振り回されることになりますよ。

しかも、周りにまで気を遣わせ、イヤな雰囲気をまき散らすなんて、

空気汚染機です。

自分が不機嫌さをどうにかしたいと思うなら、「自分を知ること」。

それ以外、

不機嫌さから解放される道はないのです。

◇◇◇

知り合いの男性は、常に不機嫌な男でした。

「年中不機嫌男」と陰で呼ばれていた男です。

彼と一緒に車に乗っていると、赤信号にひっかかるたびに、

「また赤かよ!」

と、舌打ちして不機嫌になります。

朝起きれば

「なんだよ雨かよ!」、

雨が上がれば、上がったで、

「せっかく傘持ってきたのに、晴れたのかよ!」…、

周囲がイライラするのはもちろん、

本人すらも、いつもこんな調子の自分を
なんとかしたいと思っているようでした。

彼は、酒乱の父親に育てられた幼少時代があり、

「自分はかわいそう」

という自己憐憫、

「あの父親で自分の人生は狂った」

と、大きな被害者意識を抱えていました。

被害者意識は、自分の外に責任を置きながら、

「私のことは誰もわかってくれないでしょ」

という上から目線の態度をとらせます。

彼も、

「生い立ちが不遇な自分の気持ちが、
他人にわかってたまるか」

という態度で、

あらゆる事柄に不機嫌というカードで応じていたのです。

自分の外にうまくいかない原因があると思っている彼には、

とにかく、まずはすべてを受け入れることが必要でした。

父親が酒乱だったことも、受け入れる。

営業の仕事があまりうまくいってない自分のいまの状況も、受け入れる。

雨も、風も、受け入れる。

僕は、そのために

「許可するゲーム」

を彼にしてもらうことにしました。

"許可するゲーム"とは、

することなすこと、見渡す限りのすべてを許可する、というゲームです。

信号が赤になったら
「赤になるのを許可する」。

雨が降れば、
「雨が降るの許可する」。

自分に降りかかることはすべて、
声を出して許可してもらいます。

これは、

「自分の境遇、起こっていること、すべてに納得がいかないからこそ、

自分が、"許可"すれば、それらを受け入れられる

(許可しないものは、受け入れられない、受け入れたくない)」

という彼の構造に合っていたのでしょう。

彼はすぐに「面白そうですね」と、始めてくれました。


信号が青に変わって

「青に変わったのを許可する」

といって、いざ車が進み始めるかと思いきや、

いきなり目の前を横切るおばあさんが現れて、

「おばあさんに道を遮られるのを許可する」。

自動販売機でコーヒーを買おうとしたら、

故障中だったのか、お金だけ飲み込んだまま、コーヒーが出てこず、

「お金を払ったのに、缶コーヒーが出てこないのを許可する」。

バス停でバスを待っていたとき、

たまたま営業先から電話が入って、携帯電話に出ていたわずか20秒ほどの間に、

数十分待っていたバスが行ってしまい、

「待っていたバスを、たった20秒の電話のために乗り過ごすのを許可する」。


私は、その日一日、彼につきあっていたのですが、

もう、これはコントか?といいたくなるほど。

はじめは、嬉々としてやっていた彼も、

自分の許可制度に、ほとほと嫌気がさし、

いい加減うんざりしてきたころに、きわめつけのことが起こりました。

運転中、運悪く工事中のでこぼこ道にタイヤがはまり、

その振動で、けっこう派手に、

窓ガラスに頭をぶつけてしまったのです。

ぶつけた頭を押さえながら、

いらだちまじりに

「でこぼこな道を、許可する!」

「頭をぶつけるのを、許可する!!」

といった瞬間、

彼のなかで、何かが吹っ切れたそうです。

そして、

こんな心の声が聞こえたそうです。

「そりゃあ、道だもん、

ときどき穴があいてるってことだって、

あるでしょうよ」

彼は初めて、自分の許可なしで、

「そりゃあ、そうだよね」

と思えたそうです。

「そりゃあ信号だもん、赤になるよね」

「そりゃあ道だもん、人が横切ることだってあるよね」

「そりゃあ機械だもん、ときどき壊れることもあるよね」

「そりゃあ、ときには雨も降るよね」

…自分が許可するしないにかかわらず、

「そうあるもの」と、

「受け入れた」ということ。


受け入れられないものは変えられないけれど、

受け入れると変えられる。

これが、宇宙の法則です。

年中不機嫌男だった彼は、受け入れることができるようになって、

被害者意識を脱ぎ捨てることができ、

自分の機嫌をコントロールできるようになりました。


(「あなたのなかのやんちゃな感情とつきあう法」金城幸政さんより)

介護の真実

2016-07-30 14:02:51 | お話
💓🌸介護の真実🌸🌸


自分を変容させ、本当の自分を生きることへと舵を切らせる「おさん」。

どんな事件や出来事が「おさん」となるかは、人によってさまざまですが、

どんなことがあっても、本人に
「腹をくくらせる」経験となることはたしかです。

つまり、変容とは、腹をくくって初めて始まるもの。

神様は、「腹をくくる」瞬間を待ち望んでいます。

たとえば、実際のお産もそうですよね。

陣痛がきた当初は
「痛いよ〜怖いよ〜」と痛みと恐怖におののいていたのに、

どんどん陣痛の波が強くなり、間隔が短くなって、

いよいよ生まれるとなると、

女性は、みんな腹をくくった表情になりますよね。

「よし産むんだ」と腹をくくった女性の目は、

それまでとは一変します。

これまで少女気分だった女性が、

母親に変わる瞬間。

「何があってもこの子を守る」という愛が生まれる、

それはそれは美しい瞬間です。

こんなふうに、人生は腹をくくることで、

より本質的な自分を生きられるようになっています。


でも、半分の人が、わかっていても腹をくくれないことがあります。

それは介護。


自分だって仕事があって忙しいのに、
やりたいことがあるのに、
遊びたいのに、…、

そんな気持ちがあると、介護しなければいけないとわかっていても、

なかなか気持ちが追いつかないものです。


僕の会社のスタッフの女性は、実の両親と二世帯住宅に住んでいました。

80歳を過ぎて父親が病気になり、家と病院を行き来することもしばしば。

看病は、健全な母親が主にしていますが、

自由でいたい母親は介護生活に入ることに、ずっと抵抗していました。

ところがある日、寝ていた父親がリビングのソファーから落ちて、しばらく動けなくなってしまいました。

母親はそんな夫の姿を見て、

「来るべき時が来た。ちゃんと介護しよう」

と腹をくくったそうです。

そこで、その日、娘と一緒にホームセンターで介護用ベッドを購入しました。

家に戻り、

「お父さん、介護用ベッドを買ってきたからね。

これからのこと、何も心配しなくていいよ」

というと、父親は、

「いろいろ、ありがとうね」

と優しい笑みを浮かべて感謝の言葉を伝えたそうです。

その後、おかゆを少し口にして、しばらくしてから、また父が倒れ、

そのまま息を引き取りました。


これから本当に介護をして夫に関わろう、

そう妻が腹をくくった日に、夫は亡くなったのです。

これを偶然だと思いますか?

魂は、相手に腹をくくらせることを、お互いの間で、無意識にやっているのです。

実は、自分や相手と向き合うことを避けてきた人ほど、

とことん向き合いなさいと言う意味で、

介護するという出来事が巡ってくるようになっています。


誰かが病気になると、放っておけませんよね。

つまり、病気とは関わるきっかけをつくるもの。

看病したり、お見舞いに行ったりなど、関わらなきゃいけなくなる。

だから、向き合うことを避けてきた人ほど、誰かを世話する必要性が生まれるんです。


さらには、「無条件の愛」を知るために、介護することもあります。

たとえば、認知症などになると、
お風呂に入れてあげても、食事をつくってあげても、

オムツを替えてあげても、

「ありがとう」という言葉が返ってこなくなりますよね。

もう、一方的に世話をし続けるしかない状態です。

そんなとき、介護する側に、

「なんてお礼のひとつもいってくれないのよ」

「なんでおとなしくしてくれないのよ」

と、抵抗する心が生まれるでしょう。

抵抗する心は、それを受け入れるまで続きます。

自分のなかで

「もう、わかったから」

と抵抗がやんだとき、

初めて、葛藤やがっかりする気持ちがなくなり、

ネガティブな感情がなくなります。

その状態で、お世話をしてみると、

当たり前のようにご飯を食べさせたり、
オムツを取り替えたりできるようになる。

それは、

生まれたばかりの赤ちゃんをお世話するのと同じ感覚です。

赤ちゃんがウンチをしたとき、

「なんで、ウンチするのよ!」という人はいないように、

「はい、はい、オムツ替えましょうね」

といえるようになる。

そのとき初めて、

「ああ、自分も無条件にお母さんに育てられて愛されていたんだ」

って、ことに気づくんです。

介護が日常生活のひとつに溶け込むぐらいになってくると、

介護する側は、

「一日でも長く生きてね」

「生きているだけでいいからね」

「面倒みさせてちょうだいね」

という気持ちに変化してきます。


こうして、介護する側の気持ちが変化したとき、

「やっと、"無条件の愛"を手渡すことができた!

もうやり残したことはない」

と、介護されていた人は死んでゆくのです。

つまり、介護される側は、介護する側の気持ちが変わるまで死にません。


ただし、介護する側があまりにも頑固で、「こりゃあ、なかなか変わらないな」と神様が判断したときは、

変化する前に、介護される側が死ぬこともありますよ。

その場合、介護をしていた人は、

そのあとすぐ病気になったりするものです。

抵抗する気持ちを、なかなか捨てられずにいると、

手がかかる介護人を持つという現実がやってくるんです。

でも、これも神様のはからい。

すべては、人に変容もたらすため、

腹をくくらせるために起こっているのです。


(「あなたのなかのやんちゃな感情とつきあう法」金城幸政さんより)

ケレケレ

2016-07-29 13:06:33 | お話
🌸🌸ケレケレ🌸🌸


桂文珍師匠の第一弟子に、桂楽珍という噺家がいる。

鹿児島県徳之島の出身。

「南の楽園から来た」ということで、師匠は彼に「楽珍」と名付けた。

顔はカルロス・ゴーン似である。

いちど師匠のお供で日産本社を訪れた際、ゴーン社長に間違えられたという。

入門して間もない頃、師匠が半分残していたパイナップルが翌朝なくなるという事件が起きた。

犯人は当時1人しかいない弟子・楽珍以外に考えられない。

「食べてもいいが、黙って食べるのは良くない。

ここは師匠として叱っておこう」

と思い、

「あれはわしのパイナップルだったんや。

一言、
『頂いてよろしいですか?』

と聞いてから食べなさい」

と諭した。

すると楽珍はこう返した。

「すいませんでした。

徳之島ではパイナップルはみんなのモノなんです」

この言葉に文珍師匠、

「なるほど!」と納得し、感心した。


おおらか、南の国にはそんなイメージがある。

南太平洋上にあるフィジー共和国もそうだ。

約300の島からなり、総面積は四国くらいの小さな国。

この国のおおらかさは、おそらく世界一だろう。

フィジーに移住して9年目の永崎裕麻さん(39)が、著書

「世界でいちばん幸せな国フィジー、世界でいちばん非常識な幸福論」

の中で紹介している。


永崎さんは大学を出て就職するも、思うところがあって3年で退職し、世界1周の旅に出た。

訪れた国は100カ国を超える。

その中で日本を離れて移住してもいいと思えた国が1つだけあった。

それがフィジーだった。

永崎さんは、フィジーのおおらかさを大きく4つの生活習慣でまとめている。

その一、「共有」。

フィジーで最初にお世話になったホームステイ先でこんなことがあった。

ある日、干していたTシャツがなくなっていた。

おかしいなぁと思っていたら、その家の息子が着ていた。

「それ、俺の」と主張すると、

「うん、僕にもピッタリだ」

「いやそうじゃなくて、…」

またあるときは、バーでビールを飲んでいたら、

横から手が伸びてきて永崎さんのビールを取り、自分のグラスに注ぎだした。

最初は、「ま、いいか」と思っていたのが、

さすがに3杯目となると、

「おい、人のビールを勝手に飲むな!」と怒った。

周りの人はキョトンとした。

その後、永崎さんは地元の人からフィジーの「ケレケレ文化」を教えてもらう。

「ケレケレ」とは、「頂戴」「お願い」「貸して」を融合させた言葉で、

「俺の物はみんなのもの、お前のものもみんなの物」という意味。

これがフィジー社会の根底にある。

その二、「テイトー」。

ある日、携帯電話を買いに行くと、「身分証明書がないと登録できない」と言われた。

「持ってきてない」と言うと、

「じゃあ私の名前で登録しておきます」と言って、書類を作成。

難なく携帯電話を購入できた。

その優しすぎるテキトーさに驚いた。

その三、「過去にとらわれず、未来を心配せず、今を楽しむ生き方」。

お金に困っている人がいたら、持ち金全部寄付して帰りのバス賃がなくなり、歩いて帰るのがフィジー人。

その四、「つながり」。

永崎さんいわく、「彼らは世界一フレンドリーな国民」。

買い物に行ってスーパーのレジの人に「結婚してるの?」と話しかけられたり、

空港のトイレの個室で壁越しに話しかけられたりする。

間違い電話の相手と長電話になる人もいるそうだ。


フィジーは2011年と2014年の2回、「世界幸福度調査」で1位になった。

ブータンのように国策で国民を幸せにしているわけでもなく、

北欧のように社会福祉が充実してるわけでもなく、

日本のように便利・快適な文明があるわけでもない。

ただその4つの生活習慣で何となく国民の幸福度は高くなっている。

「何をおもしろいと思うかで、その人の性格が分かる」とは文豪ゲーテの言葉。

フィジー人の4つの習慣を面白いと思える人の幸福度は、かなり高いと思う。


(「みやざき中央新聞」水谷さんより)