🌸🌸再婚するんか?🌸🌸
「ヤス、おまえ、再婚のこと考えとるんか」
「まぁ…、べつに相手がおるわけじゃないんじゃけど…、
やっぱり、アキラにも、お母ちゃんがおったほうがええんじゃろか思うて… 」
「逃げるんか」
「はあ?」
「アキラの世話をそのオナゴに押し付けて、逃げるつもりなんか」
あわてて首を横に振った。
だが、声に出して「違う」とは言えない。
頭の片隅に、そんな思いが、まったくなかった…わけではなかった。
和尚は綿入れの半纏についた雪を手で払い、
初めて寒そうに肩をすくめ、
「アホじゃの」と、つぶやくように言った。
「…どこが、アホなん?」
「ぜんぶじゃ」
そう言われても困る。
突き放されて途方に暮れたヤスさんはうつむいて、足元に積もった雪を軽く蹴った。
「オナゴと夫婦になるときは、惚れてからにせえや。
惚れて、惚れて、どげんしようもないぐらい惚れた先に、結婚があるん違うんか」
和尚はさらに、
「自分の寂しさを、アキラのせいにするな」
とも言った。
ヤスさんは黙り込む。
寂しい?
そんなつもりはない。
けれど、これもまた声に出しては言い返せなかった。
和尚は、数珠を掛けた右手を固め、虚空につきだした。
握り拳(こぶし)の先には、暗い海と、降りしきる雪がある。
「ヤス、よう見てみい」
「…なんも見えんがな」
「見えるもんを見るんはサルでもできる。見えんもんを見るんが人間さまじゃ」
しかたなく、海を見つめた。
「ヤス、海に雪は積もっとるか」
「はあ?」
「ええけん、よう見てみい。海に降った雪、積もっとるか」
積もるわけがない。空から降ってくる雪は、海に吸い込まれるように消えていく。
「お前は、海になれ」
和尚は言った。
静かな声だったが、一喝する声よりも耳のずっと奥まで届いた。
「ええか、ヤス、お前は海になるんじゃ。海にならんといけん」
「…ようからんよ、和尚さん」
「雪は悲しみじゃ。悲しいことが、こげんして次から次に降っとるんじゃ、そげん想像してみい。
地面にはどんどん悲しい雪が積もっていく。
色も真っ白に変わる。
雪が溶けたあとには、地面はぐじゃぐじゃになってしまう。
おまえは地面になったらいけん。
海じゃ。
なんぼ雪が降っても、それは黙って、知らん顔して呑み込んでいく海にならんといけん」
ヤスさん、黙って海を見つめる。
眉間に力を込めて、にらむようなまなざしになった。
「アキラが悲しいときにおまえまで一緒に悲しんどったらいけん。
アキラが泣いとったら、おまえは笑笑え。
泣きたいときでも笑え。
2人きりしかおらん家族が、2人で一緒に泣いたら、どげんするんな。
慰めたり励ましたりしてくれる者はだーれもおらんのじゃ」
和尚が海に突き出した握り拳は、かすかに震えていた、、、寒さのせいではなく。
「ええか、ヤス…海になれ」
ヤスさんも胸が熱くなる。
「笑え、ヤス」
わははははっ、と笑った。
笑うと、つっかい棒がはずれたように涙が目からあふれ出た。
波が寄せては返す。
雪はあいかわらず降りしきっているが、
海はそのすべてを呑み込で、ただ静かに夜を抱いていた。
「アホウ、泣いとったら、笑うてもいけんがな、このアホたれ…」
海を見つめる和尚の太い眉は、降り落ちる雪でいつのまにか白く染まっていた。
(「とんび」重松清さんより)
「ヤス、おまえ、再婚のこと考えとるんか」
「まぁ…、べつに相手がおるわけじゃないんじゃけど…、
やっぱり、アキラにも、お母ちゃんがおったほうがええんじゃろか思うて… 」
「逃げるんか」
「はあ?」
「アキラの世話をそのオナゴに押し付けて、逃げるつもりなんか」
あわてて首を横に振った。
だが、声に出して「違う」とは言えない。
頭の片隅に、そんな思いが、まったくなかった…わけではなかった。
和尚は綿入れの半纏についた雪を手で払い、
初めて寒そうに肩をすくめ、
「アホじゃの」と、つぶやくように言った。
「…どこが、アホなん?」
「ぜんぶじゃ」
そう言われても困る。
突き放されて途方に暮れたヤスさんはうつむいて、足元に積もった雪を軽く蹴った。
「オナゴと夫婦になるときは、惚れてからにせえや。
惚れて、惚れて、どげんしようもないぐらい惚れた先に、結婚があるん違うんか」
和尚はさらに、
「自分の寂しさを、アキラのせいにするな」
とも言った。
ヤスさんは黙り込む。
寂しい?
そんなつもりはない。
けれど、これもまた声に出しては言い返せなかった。
和尚は、数珠を掛けた右手を固め、虚空につきだした。
握り拳(こぶし)の先には、暗い海と、降りしきる雪がある。
「ヤス、よう見てみい」
「…なんも見えんがな」
「見えるもんを見るんはサルでもできる。見えんもんを見るんが人間さまじゃ」
しかたなく、海を見つめた。
「ヤス、海に雪は積もっとるか」
「はあ?」
「ええけん、よう見てみい。海に降った雪、積もっとるか」
積もるわけがない。空から降ってくる雪は、海に吸い込まれるように消えていく。
「お前は、海になれ」
和尚は言った。
静かな声だったが、一喝する声よりも耳のずっと奥まで届いた。
「ええか、ヤス、お前は海になるんじゃ。海にならんといけん」
「…ようからんよ、和尚さん」
「雪は悲しみじゃ。悲しいことが、こげんして次から次に降っとるんじゃ、そげん想像してみい。
地面にはどんどん悲しい雪が積もっていく。
色も真っ白に変わる。
雪が溶けたあとには、地面はぐじゃぐじゃになってしまう。
おまえは地面になったらいけん。
海じゃ。
なんぼ雪が降っても、それは黙って、知らん顔して呑み込んでいく海にならんといけん」
ヤスさん、黙って海を見つめる。
眉間に力を込めて、にらむようなまなざしになった。
「アキラが悲しいときにおまえまで一緒に悲しんどったらいけん。
アキラが泣いとったら、おまえは笑笑え。
泣きたいときでも笑え。
2人きりしかおらん家族が、2人で一緒に泣いたら、どげんするんな。
慰めたり励ましたりしてくれる者はだーれもおらんのじゃ」
和尚が海に突き出した握り拳は、かすかに震えていた、、、寒さのせいではなく。
「ええか、ヤス…海になれ」
ヤスさんも胸が熱くなる。
「笑え、ヤス」
わははははっ、と笑った。
笑うと、つっかい棒がはずれたように涙が目からあふれ出た。
波が寄せては返す。
雪はあいかわらず降りしきっているが、
海はそのすべてを呑み込で、ただ静かに夜を抱いていた。
「アホウ、泣いとったら、笑うてもいけんがな、このアホたれ…」
海を見つめる和尚の太い眉は、降り落ちる雪でいつのまにか白く染まっていた。
(「とんび」重松清さんより)
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