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再婚するんか?

2017-02-19 11:28:57 | 物語
🌸🌸再婚するんか?🌸🌸


「ヤス、おまえ、再婚のこと考えとるんか」

「まぁ…、べつに相手がおるわけじゃないんじゃけど…、

やっぱり、アキラにも、お母ちゃんがおったほうがええんじゃろか思うて… 」

「逃げるんか」

「はあ?」

「アキラの世話をそのオナゴに押し付けて、逃げるつもりなんか」

あわてて首を横に振った。

だが、声に出して「違う」とは言えない。

頭の片隅に、そんな思いが、まったくなかった…わけではなかった。

和尚は綿入れの半纏についた雪を手で払い、

初めて寒そうに肩をすくめ、
「アホじゃの」と、つぶやくように言った。

「…どこが、アホなん?」

「ぜんぶじゃ」

そう言われても困る。

突き放されて途方に暮れたヤスさんはうつむいて、足元に積もった雪を軽く蹴った。

「オナゴと夫婦になるときは、惚れてからにせえや。

惚れて、惚れて、どげんしようもないぐらい惚れた先に、結婚があるん違うんか」

和尚はさらに、

「自分の寂しさを、アキラのせいにするな」

とも言った。


ヤスさんは黙り込む。

寂しい?

そんなつもりはない。

けれど、これもまた声に出しては言い返せなかった。

和尚は、数珠を掛けた右手を固め、虚空につきだした。

握り拳(こぶし)の先には、暗い海と、降りしきる雪がある。

「ヤス、よう見てみい」

「…なんも見えんがな」

「見えるもんを見るんはサルでもできる。見えんもんを見るんが人間さまじゃ」

しかたなく、海を見つめた。

「ヤス、海に雪は積もっとるか」

「はあ?」

「ええけん、よう見てみい。海に降った雪、積もっとるか」

積もるわけがない。空から降ってくる雪は、海に吸い込まれるように消えていく。

「お前は、海になれ」

和尚は言った。

静かな声だったが、一喝する声よりも耳のずっと奥まで届いた。

「ええか、ヤス、お前は海になるんじゃ。海にならんといけん」

「…ようからんよ、和尚さん」

「雪は悲しみじゃ。悲しいことが、こげんして次から次に降っとるんじゃ、そげん想像してみい。

地面にはどんどん悲しい雪が積もっていく。

色も真っ白に変わる。

雪が溶けたあとには、地面はぐじゃぐじゃになってしまう。

おまえは地面になったらいけん。

海じゃ。

なんぼ雪が降っても、それは黙って、知らん顔して呑み込んでいく海にならんといけん」

ヤスさん、黙って海を見つめる。

眉間に力を込めて、にらむようなまなざしになった。


「アキラが悲しいときにおまえまで一緒に悲しんどったらいけん。

アキラが泣いとったら、おまえは笑笑え。

泣きたいときでも笑え。

2人きりしかおらん家族が、2人で一緒に泣いたら、どげんするんな。

慰めたり励ましたりしてくれる者はだーれもおらんのじゃ」

和尚が海に突き出した握り拳は、かすかに震えていた、、、寒さのせいではなく。

「ええか、ヤス…海になれ」

ヤスさんも胸が熱くなる。

「笑え、ヤス」

わははははっ、と笑った。

笑うと、つっかい棒がはずれたように涙が目からあふれ出た。

波が寄せては返す。

雪はあいかわらず降りしきっているが、

海はそのすべてを呑み込で、ただ静かに夜を抱いていた。

「アホウ、泣いとったら、笑うてもいけんがな、このアホたれ…」

海を見つめる和尚の太い眉は、降り落ちる雪でいつのまにか白く染まっていた。


(「とんび」重松清さんより)

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