⛄️❄️寒いか?❄️⛄️
「アキラ、寒いか」
和尚が声をかける。
「寒いじゃろ、お父ちゃんにもっとしっかり抱いてもらえ」
寝起きのアキラにどこまで言葉が伝わったかわからないが、
ヤスさんは両手でしっかりとアキラを抱きしめた。
背中が少しでも温(ぬく)もるように、と両手を広げて覆ったが、すべてを隠せるわけではなかった。
「お父さん…寒い… 」
ヤスさんの胸に頬を押しつけられたアキラが、くぐもった声で言う。
ヤスさん、あわてて、
「おう、わかっとる、わかっとる」
と、さらに強く抱き寄せたものの、
かえってパジャマとカーディガンの背中がめくれてしまい、
お尻のすぐ上の方が、剥(む)き出しになって風にさらされた。
「どこ、ここ…お父さん…寒いよ、ぼく」
困り果てたヤスさんが振り向くと、和尚は満足げに笑っていた。
おろおろする照雲が横からなにか言いかけるの、
顔の向きすら変えずにパシッと頭をはたいて、
着流しの袂(たもと)から大きな数珠を取り出した。
和尚は数珠を手のひらにかけた右手を、
「ふんっ!」
と気合を込めた声とともにアキラのほうに突出して、言った。
「アキラ、これが、お父ちゃんの温もりじゃ。
お父ちゃんが抱いてくれたら、体の前のほうは温なる。
ほいでも、背中は寒い。そうじゃろう?」
アキラは、うん、うん、とヤスさんの胸に頬をこすりつけるようにうなずいた。
「お母ちゃんがおったら、背中のほうから抱いてくれる。
そしたら、背中も寒うない。
お父ちゃんもお母ちゃんもおる子は、そげんして体も心も温めてももろうとる。
ほいでも、アキラ、お前にはお母ちゃんはおらん。
背中は、ずっと寒いままじゃ。
お父ちゃんが、どげん一生懸命抱いてくれても、背中までは抱ききれん。
その寒さを背負ういうことが、アキラにとっての生きるいうことなんじゃ」
小学校入学前のアキラに言葉の意味がきちんとわかっているとは思えない。
だが、アキラは黙って聞いていた。
「背中が寒いままで生きるいうんは、つらいことよ。
寂しいことよ、悲しくて、悔しいことよ」
和尚の言葉のテンポに合わせるように、アキラの肩が小さく震えた。
ヤスさんの胸に、涙が染みた。
和尚の右手が動く。
数珠をかけたままの手のひらが、アキラの背中に添えられた。
「アキラ、温いか」
和尚が訊(き)いた。
アキラの背中に当てた手は、すべて覆い尽くしているわけではない。
それでも、アキラは「少し…」と答えた。
「まだ、ちいと寒いか」
「…うん」
「正直でええ」
和尚は満足そうに笑い、
かたわらの照雲に
「お前も当ててやれ」と声をかけた。
ヤスさんの手、和尚の手、照雲の手…、
3人の手が合わさると、アキラの背中も、すっぽりと覆うことができる。
「どうじゃあ、温いじゃろうが」
和尚が言う。
「これでも寒いときは、幸恵おばちゃんもおるし、順子ばあちゃんもおる。
まだ足りんかったら、たえ子おばちゃんを呼んできてもええんじゃ」
ゆっくりと、拍子をつけて、アキラの背中を叩く。
「アキラ、おまえはお母ちゃんがおらん。
ほいでも、背中が寒くてかなわんときは、こげんして、みんなで温めてやる。
おまえが風邪をひかんように、みんなで、背中を温めちゃう。
ずうっと、ずうっと、そうしちゃるよ。
ええか、『さびしい』いう言葉はじゃの、『寒しい』から来た言葉じゃ。
『さむしい』が『さびしい』『さみしい』に変わっていったんじゃ。
じゃけん、背中が寒うないおまえは、さびしゅうない。
のう、おまえには母ちゃんがおらん代わりに、
背中を温めてくれる者が、ぎょうさんおるんじゃ。
それを忘れるなや、
のう、アキラ…」
洟(はな)をすすった。
ひっく、ひっく、としゃくりあげた。
アキラではなく、ヤスさんが。
(「とんび」重松清さんより)
「アキラ、寒いか」
和尚が声をかける。
「寒いじゃろ、お父ちゃんにもっとしっかり抱いてもらえ」
寝起きのアキラにどこまで言葉が伝わったかわからないが、
ヤスさんは両手でしっかりとアキラを抱きしめた。
背中が少しでも温(ぬく)もるように、と両手を広げて覆ったが、すべてを隠せるわけではなかった。
「お父さん…寒い… 」
ヤスさんの胸に頬を押しつけられたアキラが、くぐもった声で言う。
ヤスさん、あわてて、
「おう、わかっとる、わかっとる」
と、さらに強く抱き寄せたものの、
かえってパジャマとカーディガンの背中がめくれてしまい、
お尻のすぐ上の方が、剥(む)き出しになって風にさらされた。
「どこ、ここ…お父さん…寒いよ、ぼく」
困り果てたヤスさんが振り向くと、和尚は満足げに笑っていた。
おろおろする照雲が横からなにか言いかけるの、
顔の向きすら変えずにパシッと頭をはたいて、
着流しの袂(たもと)から大きな数珠を取り出した。
和尚は数珠を手のひらにかけた右手を、
「ふんっ!」
と気合を込めた声とともにアキラのほうに突出して、言った。
「アキラ、これが、お父ちゃんの温もりじゃ。
お父ちゃんが抱いてくれたら、体の前のほうは温なる。
ほいでも、背中は寒い。そうじゃろう?」
アキラは、うん、うん、とヤスさんの胸に頬をこすりつけるようにうなずいた。
「お母ちゃんがおったら、背中のほうから抱いてくれる。
そしたら、背中も寒うない。
お父ちゃんもお母ちゃんもおる子は、そげんして体も心も温めてももろうとる。
ほいでも、アキラ、お前にはお母ちゃんはおらん。
背中は、ずっと寒いままじゃ。
お父ちゃんが、どげん一生懸命抱いてくれても、背中までは抱ききれん。
その寒さを背負ういうことが、アキラにとっての生きるいうことなんじゃ」
小学校入学前のアキラに言葉の意味がきちんとわかっているとは思えない。
だが、アキラは黙って聞いていた。
「背中が寒いままで生きるいうんは、つらいことよ。
寂しいことよ、悲しくて、悔しいことよ」
和尚の言葉のテンポに合わせるように、アキラの肩が小さく震えた。
ヤスさんの胸に、涙が染みた。
和尚の右手が動く。
数珠をかけたままの手のひらが、アキラの背中に添えられた。
「アキラ、温いか」
和尚が訊(き)いた。
アキラの背中に当てた手は、すべて覆い尽くしているわけではない。
それでも、アキラは「少し…」と答えた。
「まだ、ちいと寒いか」
「…うん」
「正直でええ」
和尚は満足そうに笑い、
かたわらの照雲に
「お前も当ててやれ」と声をかけた。
ヤスさんの手、和尚の手、照雲の手…、
3人の手が合わさると、アキラの背中も、すっぽりと覆うことができる。
「どうじゃあ、温いじゃろうが」
和尚が言う。
「これでも寒いときは、幸恵おばちゃんもおるし、順子ばあちゃんもおる。
まだ足りんかったら、たえ子おばちゃんを呼んできてもええんじゃ」
ゆっくりと、拍子をつけて、アキラの背中を叩く。
「アキラ、おまえはお母ちゃんがおらん。
ほいでも、背中が寒くてかなわんときは、こげんして、みんなで温めてやる。
おまえが風邪をひかんように、みんなで、背中を温めちゃう。
ずうっと、ずうっと、そうしちゃるよ。
ええか、『さびしい』いう言葉はじゃの、『寒しい』から来た言葉じゃ。
『さむしい』が『さびしい』『さみしい』に変わっていったんじゃ。
じゃけん、背中が寒うないおまえは、さびしゅうない。
のう、おまえには母ちゃんがおらん代わりに、
背中を温めてくれる者が、ぎょうさんおるんじゃ。
それを忘れるなや、
のう、アキラ…」
洟(はな)をすすった。
ひっく、ひっく、としゃくりあげた。
アキラではなく、ヤスさんが。
(「とんび」重松清さんより)
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