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あ行


机に置かれた小ぶりな辞書は
表紙がはずれ
折り目や破れがたくさんついた
いっぱしの勉強家を匂わせて
色褪せた風合いを見せているが
その厚みと重みのちょうど良さに
ときに枕がわり
ときにお尻に敷いて高さ合わせ

ひとつ気掛かりだったのは
あ行のはじめの十ページほどが
いつからか抜け落ちていたこと
残っている文字がはるかに多いので
不便はなかったが
”あい“がなかった

印をつけた覚えはなく
そこにあったかどうかも分からない
台詞を真似てつぶやいたり
気のない振りで
いつも探しあぐねた
見えない花は
それぞれが持っていた
どんな色かは聞いたことがなかった

三十年ぶりに買い換えた辞書は
手にまだ馴染まない
あ行の栞(しおり)はついていたが
そこだけ空白になっている
私はこれからいくつの詩が書けるだろうか
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