先日の岡山への大学寮のOB会の旅行の2日目を紹介しよう。その日は写真の
ように、瀬戸内海にかかる瀬戸大橋の岡山よりの櫃石島の民宿に宿泊した。最も
小さな島で、民宿が一軒しかなく、漁船が港に数隻見かけたが、やはり、夕食には
新鮮な魚が出た。この島は、坂出市に属していて、遠くには、坂出市の工場地帯の
煙突が見える。瀬戸内海を漁船が大橋の下を通過する姿が美しい。午前中には、
倉敷市の大原美術館を見学した。倉敷市へは観光で昔行ったことがあるが、武家屋敷
などを散策したが、時間がなくて、見ていなかったので、今回が初めての見学であった。
大原美術館は、倉敷紡績の会社の創業者の大原孫三郎が、1930年に創設している
のである。この孫三郎は紡績の企業を経営する一方、病院や研究所などのほか、美術
支援など諸事業に推進したのであるが、この当時最も優れた洋画家の児島虎次郎
(1881-1929)を経済的に支援した。虎次郎はこの支援を受けて、2度に渡って
ヨーロッパへ渡り、モネ、やマティスなどの画家に接触し、直接作品を購入し、また
西洋の近代美術とエジプトや西アジアの古代からの作品を収集している。しかし、
47歳の若さで亡くなったことから、この収集した作品を大原孫三郎が大原美術館にて、
公開することにしたのだ。しかし、児島虎次郎の作品を初めてみたが、日本の多くの
女性の絵を作品として残しているが、どれも素晴らしい。こんな人か゛大正から昭和の
初期に、現在に至って有名になったヨーロッパの画家と接触し、活躍した国際的な画家
がいたことを初めて知った。大原孫三郎がこの若くして亡くなった画家を広く、日本の
人に知ってもらいたいと思って造った美術館ではあるが、この美術館の作品は、今の
価値で計算すると、莫大な金額になるようだ。