そよかぜ秘密基地 

開設時アラ4からアラ5になったおやじの趣味を中心とした『ブログ日記』でやす。不定期に更新。

今年唯一

2021-09-12 12:00:00 | 旅行
先週ついに

今年初のお城に行ってきた。



6時50分 自宅出発

9時00分 川越城前P到着




      
      御殿前は発掘?

      入館

      玄関・広間 ↓


 

      9月平日午前中なので、誰もいません。貸し切り

      本丸御殿大広間が現存しているのは、日本では川越城の他には高知城のみ。

 

      廊下の画像ばかり

      修復時の説明や御殿の年表などがあった。
 




      渡り廊下を渡ると家老詰所







      玄関・広間へ戻り






      受付でシニアのおじさまに外の発掘について聴いてみると

      「川越市制100周年なので、発掘調査をしています。」との事。

      外へ



      川越城は、長禄元年(1457年)に、扇谷上杉家(上杉持朝氏)が古河公方足利成氏に対抗するため、
     家臣の太田道真・道灌親子に築せたとされている。江戸時代には江戸の北の守りとして重要視され、
     川越藩主松平信綱が、川越城の大規模な拡張・整備を行なった。台地上先端に本丸・天神郭・北に
     二の丸・西に八幡郭・三の丸他の曲輪・本丸西南隅に三層の富士見櫓と称する櫓を含む三つの櫓と
     十二の門よりなり、総坪数は堀と土塁を除いて四万六千坪にもなった。代々幕府の重臣が城主となる。
     現存する建物は嘉永元年(1848年)に藩主 松平斉典により再建されたもので、本丸御殿の一部と
     して玄関・大広間・家老詰所が残り、川越藩17万石の風格を残す。

      博物館へ行こうかと思ってネットで調べたら

      100名城のスタンプは御殿にしかないようなので

      戻ってスタンプ






      




      富士見櫓跡が近くにあるようなので行ってみる。

      御殿より南に。途中右(西)へ折れ住宅街を歩く。



      



      小高い山と上り階段を発見、登ってみる。

      途中3つの神社を抜け、更に少し登ると



      頂上に到着???

      猫の額ほどの空地

      石碑や看板が無い…



      ぐるっと回ると南方面が立ち入り禁止の看板で

      その下に石碑らしきものがあったが行けない。



      他に見る所もないので、途中、御嶽神社で手を合わせ下山。



       富士見櫓は3重構造であったとされ、天守閣がなかった城内では、最も高い建築物であった。

      名前の由来は、文字通り、櫓から富士山を望めたことによる。正確な規模は不明だが、1866年(慶応2年)、

      川越城を測量した際の記録によると、長さ八間三尺(約15メートル)、横八間 (約14メートル)あったと

      される。






      川越御殿まで戻り博物館へ行こうかと思ったが気が変わった。



      次に中ノ門掘跡へ行く。御殿より市役所方面(西)へ







      

 堀の解説を
                                                (・_・D フムフム





掘に侵入者発見





行き当たりばったり

このまま、一番街、時の鐘に行ってみる。

今まで車で通過することは何度かあったが立ち寄るのは初めて。



10分程歩き



時の鐘

午前6時・正午・午後3時・午後6時になるらしい。






街中はカップル観光客がチラホラ。人は少ない。





お土産を買って川越城へ








最後に三芳野神社へ





画像にもある通り、

ここは童謡 『とおりゃんせ』 発祥の地とされている。(諸説あり)





お参りして

12:00 P出発



13:30 帰宅



時の鐘近くで見つけた菓匠芋乃蔵川越本店さん

こちらで購入したポテ蔵とみたらし団子

家族で食べた。2つとも美味かった。






今夏は、仕事が忙しく、またコロナ下で遠出、泊り旅行はムリだったし

夏休みも仕事の合間に1日づつ消化し、いつのまにか終わってしまった。

何をしたわけでもないのに。

今年唯一の城巡り?はここまで



カムバック夏休み~




コメント
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