東工大、熱電変換の起電力を従来比10倍に増大させることに成功
東京工業大学(東工大)は12月3日、電気をよく通す酸化物「LaNiO3」(ニッケル酸ランタン)を、電気を通さない酸化物「LaAlO3」(アルミン酸ランタン)で人工的に挟み込むことによって、熱を電気に変える熱電変換の起電力を従来比で10倍に増大させることに成功したと発表した。
同成果は、東工大 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の片瀬貴義准教授、同・神谷利夫教授、東工大 元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授らを中心とした、物質・材料研究機構、オーストリア・ウィーン工科大学、産業技術総合研究所、九州大学、大阪大学、東北大学の研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、ナノサイエンスおよびナノテクノロジーを題材とした学術誌「Nano Letters」にオンライン掲載された。
熱エネルギーを電気エネルギーに直接変換できる熱電変換材料は、環境中の廃熱を電力に変えて再利用する「エナジーハーベスティング」技術への応用が期待されているほか、電気を流すと冷却できるという性質を利用したフロンガスを必要としない冷却機器としての利用などに期待されている。
ただし、こうした用途に対して大規模に利用するためには、高い効率の熱電変換材料が必要だが、既存の熱電変換材料は、一般に高温で高い性能が発現しやすく、室温から低温の領域での変換性能は低いという課題を抱えており、新たな熱電変換材料の設計指針が求められていた。
熱電変換において電気を発生する源となる熱は、フォノンの流れとして運ばれることがわかっている。特定の材料に温度差を与えると、高温から低温に向かって流れるフォノンが電子を引っ張り、起電力を発生させる「フォノンドラッグ効果」という特殊な現象が発生する。片瀬准教授らの研究チームではこれまで、このフォノンドラッグ効果を利用してゼーベック係数を上げることで、熱電変換材料の性能を高めることを目指す研究を続けてきたという。
今回の研究では、室温に近い温度で大きなフォノンドラッグ効果を発現する新たな熱電変換材料の開発に挑戦。フォノンドラッグ効果の強さは、「電子の有効質量」と、「電子とフォノンの相互作用の大きさ」に比例することが分かっているため、「物質中にある電子を“重く”する」、「その電子と結晶中を流れるフォノンの相互作用を強くする」の2点の条件を満たすことができればフォノンドラッグ効果を増大させられる可能性があるとして研究開発が進められた。
具体的には、可能性を検証する材料として、電子がよく流れる金属であり、通常のバルク結晶のままでは、電子とフォノンの相互作用は弱いことがわかっているランタンニッケル酸化物のLaNiO3に着目。LaNiO3は1nm以下に極薄膜化させると、電子が流れる空間が制限されるため、電子と電子の電気的な反発力が強くなることが知られている。そして電子間の反発力が強くなる結果、電子が動きにくくなり、結果として電子の有効質量が増加する。これは、電子が“重く”なることを意味したもので、条件の1つ目を満たすことができるものだという。
しかし、単純にLaNiO3を極薄膜化するだけでは、フォノンが流れる空間も制限されてしまい、フォノンが流れにくくなるという問題が生じてしまうことから、極薄LaNiO3の電子とフォノンとの相互作用を増強させるために、LaNiO3を電気絶縁体であるLaAlO3で挟み込むという方法が考案された。
LaNiO3とLaAlO3は同じ結晶構造を持っているため、両者を上下に重ねても、乱れのないきれいな接合界面を形成することが可能だという。これにより、LaNiO3の電子を狭い空間に閉じ込めたまま、LaAlO3のフォノンをLaNiO3中に浸入させることで、電子とフォノンを強く相互作用させ、フォノンドラッグ効果を増強できるという仮説が立てられた。
実験的に原子1層ずつを制御しながら、LaAlO3基板上に、厚さ1nmのLaNiO3薄膜、LaAlO3薄膜のサンドイッチ構造を形成。フォノンドラッグ効果が増強され、30K(-243℃)付近に見られるゼーベック係数の最大値が、バルクと比べて最大10倍に増加することが判明したほか、フォノンドラッグ効果により、ゼーベック係数が増加し始める温度が220K(-53℃)へと高温化する性質も確認されたという。
これまでフォノンドラッグ効果は極低温でしか発現しないとされてきたが、今回の方法によって、約-50℃という高い温度でもフォノンドラッグ効果がゼーベック係数を増加させることが示されたこととなった。
LaNiO3バルク結晶(グラフ内の青線、右側下段のモデル)、LaAlO3基板上に成長させたLaNiO3薄膜(グラフ内の緑線、右側中段のモデル)、LaAlO3を上下に挟み込んだLaNiO3薄膜(グラフ内の赤線、右側上段のモデル)のゼーベック係数の温度変化 (出所:東工大プレスリリースPDF)
研究チームでは、今回の発見は、異なる物質を積み重ねた構造を設計することによって、熱電変換の性能を向上させる材料開発の新たな指針につながると考えられるとしており、今後は、室温から低温域における熱電性能をより向上させていくことによって、熱電変換が汎用的なエネルギー源や冷却機器として普及していくことが期待されるとしている。
研究チームでは、今回の発見は、異なる物質を積み重ねた構造を設計することによって、熱電変換の性能を向上させる材料開発の新たな指針につながると考えられるとしており、今後は、室温から低温域における熱電性能をより向上させていくことによって、熱電変換が汎用的なエネルギー源や冷却機器として普及していくことが期待されるとしている。