神は愛 白髪は美の冠 白髪は輝く冠 

聖書の音信、日々のニュース関連を書いています。

光は快いものである。目に太陽を見るのは楽しいことである。~聖書

2020年03月17日 | 日記

 

光(ひかり)(Light)

ヘブライ語のオールという語とギリシャ語のフォースという語は,ともしび(エレミヤ書25:10)や太陽のような発光体から放射されるもの,
「そして,わたしは彼らの中から歓喜の音と歓びの音,花婿の声と花嫁の声,手臼の音とともしびの光を滅ぼす」。
(エレミヤ書25:10)
さらには文字通りであれ比喩的にであれ,闇とは反対のものを指しています。
「ああ。悪を善,善を悪と言っている者たち。彼らはやみを光,光をやみとし,苦みを甘み,甘みを苦みとしている」。
(イザヤ5:20)
「しかし,夜歩けばつまずきます。光がその人のうちにないからです」。
(ヨハネ11:10)

光は波動の特性を備えたエネルギーを持つ粒子から成っていると一般に考えられています。
しかし,今日まで人間は依然として,3,000年以上前に光の創造者によって提起された質問,
つまり,「では,光が分散する道はどこか」という質問に完全な答えを出すことができません。

「光はどこから分散するのか。東風はどこから来て地上に吹くのか」。
(ヨブ 38:24)

太陽からの光には,それぞれ異なる波長を持つ様々な色が組み合わさっています。
物体の色は,物体の表面から光のどんな部分が反射されるかによって決まります。
そういうわけで光は多くの色合いを提供し,人間の目を楽しませてくれます。
また,光は地上の生物,つまり植物,動物,人間の生存に不可欠です。

 

「光もまた快い。太陽を見るのは目にとって良いことである」。
(コヘレトの言葉・伝道の書11:7)


「光は快く,太陽を見るのは楽しい」。
(コヘレトの言葉・伝道の書11:7)

 

「光は心地よい。日の光を見るのは目にとって良いことだ」。
(コヘレトの言葉・伝道の書11:7)

 

 

 

                    


《違反をゆるすのはその人の美しさ》~聖書

2020年03月17日 | 日記

《違反をゆるすのはその人の美しさ》


悟りは人に怒りを忍ばせる、あやまちをゆるすのは人の誉である。
聖書(箴言・格言19:11)

人に思慮があれば、怒りをおそくする。
その人の光栄は、そむきを赦すことである。
(箴言・格言19:11)

成功する人は忍耐する人。背きを赦すことは人に輝きをそえる。
(箴言・格言19:11)


人の洞察力は確かにその怒りを遅くする。
違犯をゆるすのはその人の美しさである。
(箴言・格言19:11)

 

 


人の道は自分の目には正しく見える、しかし主は人の心をはかられる。
(箴言・格言21:2)


人間の道は自分の目に正しく見える。主(神)は心の中を測られる。
(箴言・格言21:2)


人の道は自分の目にはどれも廉直である。
しかし神(ヤハウェ、エホバ、YHWH)は心を見定めておられる。
(箴言・格言21:2)

 

 

 


耳を閉じて貧しい者の呼ぶ声を聞かない者は、自分が呼ぶときに、聞かれない。
(箴言・格言21:13)


弱い人の叫びに耳を閉ざす者は、自分が呼び求める時が来ても答えは得られない。
(箴言・格言21:13)


立場の低い者の訴えの叫びに耳を閉じる者は、自分もまた呼ぶが、答えてもらえない。
(箴言・格言21:13)

 

 

 

 

恵みと慈しみを追い求める人は、命と恵みと名誉を得る。
(箴言・格言21:21)

 

正義と誠実を追い求める者は、いのちと正義と誉れとを得る。
(箴言・格言21:21)


義と愛ある親切とを追い求めている者は、命、義、そして栄光を見いだす。
(箴言・格言21:21)

 

 

 

また、立って祈るとき、だれかに対して何か恨みに思うことがあれば、赦してあげなさい。そうすれば、
あなたがたの天の父(神)も、あなたがたの過ちを赦してくださる。
(マルコ 11:25)


また、あなたたちが祈るために立つ時に、もし誰かに対して恨みごとがあるならばそれを赦せ。
そうすれば、天にいるあなたたちの父(神)も、あなたたちの、もろもろの過ちを赦して下さるだろう。
(マルコ 11:25)


そして、あなた方が立って祈るときには、どんなことでも人に対するうらみごとを許しなさい。
天におられるあなた方の父(神)もあなた方の罪過を許してくださるようにするためです。
(マルコ 11:25)

 

 


かりに、あなたに対して一日に七度罪を犯しても、『悔い改めます。』と言って七度あなたのところに来るなら、赦してやりなさい。」
(ルカ 17:4) 

一日に七回あなたに対して罪を犯しても、七回、『悔い改めます』と言ってあなたのところに来るなら、赦してやりなさい。
(ルカ 17:4)

たとえその人があなたに対して一日に七回罪をおかし、
『わたしは悔い改めます』と言ってあなたのもとに七回戻って来たとしても、あなたはその人を許してあげなければなりません。
(ルカ 17:4)

 

 

 


互いに親切にし、憐れみの心で接し、神がキリストによってあなたがたを赦してくださったように、赦し合いなさい。
(エフェソス・エペソ 4:32)


そして、互いに親切で情け深くあり、神がキリストにあってあなたがたを赦してくださったように、赦し合いなさい。
(エフェソス・エペソ 4:32)


あなたがたはむしろ互いに慈しみ合うようになり、憐れみ深くなり、互いに赦し合いなさい。
神もまたキリストにおいてあなたがたを赦したように。
(エフェソス・エペソ 4:32)


そして、互いに親切にし、優しい同情心を示し、神がキリストによって惜しみなく許してくださったように、
あなた方も互いに惜しみなく許し合いなさい。
(エフェソス・エペソ 4:32)

 

 


互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。
主(神)があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。
(コロサイ 3:13)

もしだれかが、他の人に対して不満を抱くことがあっても、互いに忍び合い、互いに赦し合いなさい。
主(神)があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも赦すべきです。
(コロサイ 3:13)

だれかに対して不満の理由がある場合でも、引き続き互いに忍び、互いに惜しみなく許し合いなさい。
神(ヤハウェ、エホバ)が惜しみなく許してくださったように、あなた方もそのようにしなさい。
(コロサイ 3:13)