感じるままに・・大人の独り言

日頃感じる事や、国内外の行く先々の美味しいグルメや観光スポットを独自の目線と本音で発信して行きたいです。

「京都で女子会・第3弾その③滝口寺編」〜祇王寺の直ぐ上に静かに佇む小さなお寺

2018-07-04 22:14:00 | オススメの神社仏閣
6月15日、ママ友達の愉歩さんと山田さんと一緒に嵐山にやって来た私達(*^ー^)ノ♪
3人で京都観光するのは今回で3回目である(^-^)v

ランチの前に、「獅子吼の庭」で有名な素晴らしい庭園がある宝厳院を拝観した私達は竹林の径を通り、私の超オススメ寺院・祇王寺を拝観した後、祇王寺のすぐ上にある「滝口寺」にも行ってみようと言う事になった(*^ー^)ノ♪
「滝口寺」に続く道がこちら↓


滝口寺は浄土宗の寺院で、開祖法然の弟子、良鎮(りょうちん)上人によって創建されたお寺。
当初の名は" 三宝寺 "と言い、往生院の子院(本寺に属する寺院)だったとの事。滝口寺の山門がこちら↓


三宝寺には、平家物語の悲恋伝説が伝わっている。

平重盛の家来、斉藤時頼(さいとうときより)は清盛主催の花見の席で建礼門院徳子(けんれいもんいんとくこ)の侍女の横笛に恋をした。


時頼は彼女に文を送るが、父親に叱責を受けて出家してしまう。
時頼を慕っていた横笛は時頼を訪ねるが、彼は「自分はすでに出家した身なので会うことはできない」と彼女を追い返してしまった。

滝口と名前を変えた時頼は横笛への想いを断ち切るために高野山へ入り、横笛もまた出家してしまう。
その後の横笛については諸説あり、はっきりとはわからないとの事。
時頼は修行一筋の人生を送り高野の聖と呼ばれるようになったそうだ。
(写真は滝口寺の境内の周りにある竹林↓)


この伝説に基づき、三宝寺は別名、滝口寺とも呼ばれていたと伝えられている。三宝寺は明治時代に廃絶してしまったが、昭和の初期に正式に滝口寺として再興された。

寺院の庭には、滝口入道(斎藤時頼)に会えなかった横笛が小指を切って血で石にしたためたという和歌を刻んだ歌碑が立っている。こちら↓


伝説では2人は結ばれることはなかったが、本堂の中では2人の木像が並んで安置されているのだそうだ。
本堂がこちら↓


本堂の中の様子がこちら↓
何だか普通のオウチの和室の様でホッコリしてしまう(^^;


寺院の敷地内には新田義貞(にったよしさだ)の首塚やその妻の供養塔、平家一門の供養塔があるそうだ。
こちら↓


新田義貞は南北朝時代の武士で後醍醐天皇に仕え、足利尊氏と対決した。
足利尊氏に敗れて討ち死にをした新田義貞の首は京都の河原にさらされる。それを妻の勾当内侍(こうとうのないし)がひそかに盗み出し、この寺に葬ったのだそう。


祇王寺もそうだけど、京都のお寺には悲しい物語の謂れのあるお寺が多い。
古都京都ならではなのかもしれないが、歴史や言い伝えを知れば知る程魅力が更に増して感慨深い。

このお寺は、秋の紅葉の時期に訪れても素敵だろうなと思う。

御朱印ゲット👍


こんなシールも付けてくれた(*^ー^)ノ♪


「滝口寺」については、こちらを参考にしてネ

住所:京都府京都市右京区嵯峨亀山町10-4
交通手段:トロッコ嵐山駅出口から徒歩約13分、嵐山(京福線)駅出口から徒歩約21分、トロッコ嵯峨駅出口から徒歩約23分
電話番号:075-871-3929
営業時間:通年 9:00~17:00
定休日:年中無休