一昨日から、佐賀県原子力安全・防災対策等特別委員会で福島県へ視察に来ています。
昨日は、3.11からもうすぐ7年が経とうとしている「東京電力・福島第1原子力発電所」の現状を視察しました。
構内は、カメラやスマホなど持ち込みが制限されているので写真を撮ることはできません。
福島第1原子力発電所へ行くためには、現在も「帰還困難区域」となっている、大熊町や双葉町を通過しなければなりません。
そこは、家はあるけど人の気配がなく、バリケードが張られ、本来は田んぼや畑であるはずの土地は荒れ果てた野原のような状況です。
地元の方々は「復興の足枷になっているのが放射能」と言われていました。
原発内では、今でも事故の収束のため働いている方々がおられます。私たちが視察した際に、「安全決起集会」が開かれ、経産大臣も来られていたそうです。
現場の説明をされた東電の方は、「これだけ除染は進みました」「制限区域が解除されて、町の人も戻り始めています」と話されていましたが、「福島の現状と乖離した説明に、より不安になった」と感想を言われた委員もいました。
今回の視察を、今後しっかりと佐賀県政にも活かせるよう、住民の皆さんとも協力して頑張っていきたいと思います。
昨日は、3.11からもうすぐ7年が経とうとしている「東京電力・福島第1原子力発電所」の現状を視察しました。
構内は、カメラやスマホなど持ち込みが制限されているので写真を撮ることはできません。
福島第1原子力発電所へ行くためには、現在も「帰還困難区域」となっている、大熊町や双葉町を通過しなければなりません。
そこは、家はあるけど人の気配がなく、バリケードが張られ、本来は田んぼや畑であるはずの土地は荒れ果てた野原のような状況です。
地元の方々は「復興の足枷になっているのが放射能」と言われていました。
原発内では、今でも事故の収束のため働いている方々がおられます。私たちが視察した際に、「安全決起集会」が開かれ、経産大臣も来られていたそうです。
現場の説明をされた東電の方は、「これだけ除染は進みました」「制限区域が解除されて、町の人も戻り始めています」と話されていましたが、「福島の現状と乖離した説明に、より不安になった」と感想を言われた委員もいました。
今回の視察を、今後しっかりと佐賀県政にも活かせるよう、住民の皆さんとも協力して頑張っていきたいと思います。