「地獄の黙示録」という映画があった。アクション映画だったと思うが、この暗く、陰惨なイメージが私の中にずっと残っていて、聖書の黙示録もなかなか読めなかった。牧師に「黙示録を読まないのは、どんなに聖書が好きと言っていても、ラストシーンを知らずに終わっているようなもの。」と言われて、読んで初めてイメージの払拭ができた。ハレルヤ
「黙示」とは、覆いが取り去られること。幕開きと言っても良いかもしれない。そしてその覆いの下、幕の奥に見るものは、イエス・キリストだ。「地獄の黙示録」は、まったく真逆のでっち上げということだ。人間が思いつくことなど、わざわざ「黙示」する必要はない。人間が人智で知ることができないものこそ、神様によって「黙示」されるものだ。だから地獄は黙示されなくて当然なのだ。(少し深い。)
今回の黙示録講解メッセージで知ったことは、初めて黙示録を読んで明るくなった時のように、嬉しくさせられた。黙示録を読む者に神様が現れてくださること、というひとつのポイントと教えられたから。クリスチャンであっても神様の声を求める。正しい導きに従っているか、迷うことはしょっちゅうだ。でも、黙示録を読むことで神様に会えるのだ。当然といえば当然の約束だけど、それを怠っている自分がいる。すべきことをしないで、わかろうとする方が大きなマチガイだろう。
とはいえ、黙示録は全聖書の集大成とも言え、聖書全体から引用がある。ということは、黙示録を読む、イコール、聖書全部を読む、ということになる。でも、バラバラにしても66巻、まとまっていれば一冊の聖書。これを読むことで神様に会えるのなら、それは最高にステキなことかもしれない。一千冊の本を読め、というのではないのだから。黙示録が恵みの書であるのは、こんなところにも理由があるんだ、と納得しつつ、今日の通読に勤しもう。
今週火曜日は、黙示録シェアリングです。火曜日午後5時半、サウスベイのスタバにて。
人生に迷っている方、どうぞご連絡ください。(213-324-6942 Mutsumi or Twitter http://twitter.com/mutsumiGNS)
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「黙示」とは、覆いが取り去られること。幕開きと言っても良いかもしれない。そしてその覆いの下、幕の奥に見るものは、イエス・キリストだ。「地獄の黙示録」は、まったく真逆のでっち上げということだ。人間が思いつくことなど、わざわざ「黙示」する必要はない。人間が人智で知ることができないものこそ、神様によって「黙示」されるものだ。だから地獄は黙示されなくて当然なのだ。(少し深い。)
今回の黙示録講解メッセージで知ったことは、初めて黙示録を読んで明るくなった時のように、嬉しくさせられた。黙示録を読む者に神様が現れてくださること、というひとつのポイントと教えられたから。クリスチャンであっても神様の声を求める。正しい導きに従っているか、迷うことはしょっちゅうだ。でも、黙示録を読むことで神様に会えるのだ。当然といえば当然の約束だけど、それを怠っている自分がいる。すべきことをしないで、わかろうとする方が大きなマチガイだろう。
とはいえ、黙示録は全聖書の集大成とも言え、聖書全体から引用がある。ということは、黙示録を読む、イコール、聖書全部を読む、ということになる。でも、バラバラにしても66巻、まとまっていれば一冊の聖書。これを読むことで神様に会えるのなら、それは最高にステキなことかもしれない。一千冊の本を読め、というのではないのだから。黙示録が恵みの書であるのは、こんなところにも理由があるんだ、と納得しつつ、今日の通読に勤しもう。
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