「トンデモ本大賞2015」投票総数76で過半数の47票を集め『私たちの道徳 小学五・六年生』が大賞を受賞しました。著作権者は文部科学省です。
江戸しぐさなる「偽史」が載っています。
傘かしげ 雨の日に互いの傘を外側に傾け、ぬれないようにすれ違うこと
肩引き 道を歩いて、人とすれ違うとき左肩を路肩に寄せて歩くこと
時泥棒 断りなく相手を訪問し、または、約束の時間に遅れるなどで相手の時間を奪うのは重い罪(十両の罪)にあたる
うかつあやまり たとえば相手に自分の足が踏まれたときに、「すみません、こちらがうかつでした」と自分が謝ることで、その場の雰囲気をよく保つこと
七三の道 道の真ん中を歩くのではなく、自分が歩くのは道の3割にして、残りの7割は緊急時などに備え他の人のためにあけておくこと
こぶし腰浮かせ 乗合船などで後から来る人のためにこぶし一つ分腰を浮かせて席を作ること
逆らいしぐさ 「しかし」「でも」と文句を並べ立てて逆らうことをしない。年長者からの配慮ある言葉に従うことが、人間の成長にもつながる。また、年長者への啓発的側面も感じられる
喫煙しぐさ 野暮な「喫煙禁止」などと張り紙がなくとも、非喫煙者が同席する場では喫煙をしない
ロク 江戸っ子の研ぎ澄まされた第六感。五感を超えたインスピレーション。江戸っ子(江戸しぐさ伝承者)はこれで関東大震災を予知したという
江戸しぐさというのは、ある政治的意図を持って捏造された「にせものの伝統」です。「ロク」に至ってはオカルトだし、喫煙禁止の張り紙がなくてもって、江戸時代にあるわけありません。
約束の時間に遅れるって、正確な時計もないのに。江戸の傘の構造からみて傾けたらかえって迷惑。ロングシートもないのに腰うかせって。「逆らいしぐさ」も笑える。内容からすれば「逆らわずしぐさ」でしょう。それに「年長に逆らうな」は「しぐさ」などではなく「儒教道徳そのもの」です。・・・とツッコミどころ満載です。現代人が創作したことはアホでも分かります。
歴史学者はほぼ全員が否定してますが、あまりに馬鹿馬鹿しいので、また「かかわると面倒な人たちが主張しているので」、真剣に反論はしていません。
さらに面白いと思ったのは落語家さんの考えです。「そんなマナーがあったなら落語話に出てこないわけがないが、出てこない」。説得力があります。
呉座勇一さんは著書で批判しています。☆の部分。
☆本能寺の変の黒幕説や共犯者説は、学界では全然信じられていません。ところが、世間では「黒幕がいたんでしょ」という話がまことしやかに囁かれ、実際にその説を唱えた本がベストセラーにもなっている。そうしたギャップが、近年は放置できないほどに深刻化しているように見えます。テレビや出版社が無責任に珍説を紹介するのが最大の要因だと思いますが、学界の人間がこれまで陰謀論、特に前近代のそれを黙殺し、問題点を指摘してこなかったことにも原因があるのではないでしょうか。
☆少し前に話題になった「江戸しぐさ」という偽史も同じです。江戸しぐさとは、「傘かしげ」や「こぶし腰浮かせ」など、「江戸時代の商人たちのマナーだった」として、2000年代に広く知られるようになりました。ところが江戸時代に実在していたという歴史的証拠はなく、偽史であることが判明しています。
ということでどこの出版社も掲載をやめました。文部族の下村氏のゴリ押しがあったことも明らかにされています。
そんな中「文部省発行の道徳教材には今でもまだ載っている」これは笑って済ますべき問題とも思いません。完全ににせものと判明したものがまだ載っているわけです。
わたしも確認しましたが、58頁と59頁に載っています。
しかもウソがパワーアップしています。
「おつとめしぐさ」・・・誰もみていないてもいいことをしよう
「差し伸べしぐさ」・・・困っている人に手を差し伸べよう
「念入りしぐさ」・・・火の消し忘れや忘れ物がないか念入りに確認しよう
「用心しぐさ」・・・人混みで親と離れないよう用心しよう
上から二つ目まではキリスト教道徳に近い。3つ目は「火の用心」でいい。4つ目モロ現代的だし、「念入り」と「用心」はほぼ同じ意味では。
例の有名な前川次官は言っています。
前川 「江戸しぐさ」をまだやってるんですか! あれはやめた方がいいですよ。江戸しぐさは、文科省が作った道徳教材の中に入れちゃったの。あれはねえ、大失敗。僕が初等中等局長のとき、下村さん(下村博文・元文科相)に言われて作った。あんなインチキなものを伝統的な道徳だって思い込んで学校の教材にしてしまったことは、悔やんでも悔やみきれないです。
それにしても現場の教員は何をやっているのでしょう。生徒にウソ教えて平気なんでしょうか。
「にせものの江戸しぐさ」は明らかに「現代向けマナー」です。マナーそのものは正しいからいいではないか、とはなりません。
マナーを倫理と言い換えるなら、子どもにウソは教えないという最低限の倫理を守っていないオトナたちが、どの面下げて、子どもにマナーを教えられるのでしょうか。
江戸しぐさなる「偽史」が載っています。
傘かしげ 雨の日に互いの傘を外側に傾け、ぬれないようにすれ違うこと
肩引き 道を歩いて、人とすれ違うとき左肩を路肩に寄せて歩くこと
時泥棒 断りなく相手を訪問し、または、約束の時間に遅れるなどで相手の時間を奪うのは重い罪(十両の罪)にあたる
うかつあやまり たとえば相手に自分の足が踏まれたときに、「すみません、こちらがうかつでした」と自分が謝ることで、その場の雰囲気をよく保つこと
七三の道 道の真ん中を歩くのではなく、自分が歩くのは道の3割にして、残りの7割は緊急時などに備え他の人のためにあけておくこと
こぶし腰浮かせ 乗合船などで後から来る人のためにこぶし一つ分腰を浮かせて席を作ること
逆らいしぐさ 「しかし」「でも」と文句を並べ立てて逆らうことをしない。年長者からの配慮ある言葉に従うことが、人間の成長にもつながる。また、年長者への啓発的側面も感じられる
喫煙しぐさ 野暮な「喫煙禁止」などと張り紙がなくとも、非喫煙者が同席する場では喫煙をしない
ロク 江戸っ子の研ぎ澄まされた第六感。五感を超えたインスピレーション。江戸っ子(江戸しぐさ伝承者)はこれで関東大震災を予知したという
江戸しぐさというのは、ある政治的意図を持って捏造された「にせものの伝統」です。「ロク」に至ってはオカルトだし、喫煙禁止の張り紙がなくてもって、江戸時代にあるわけありません。
約束の時間に遅れるって、正確な時計もないのに。江戸の傘の構造からみて傾けたらかえって迷惑。ロングシートもないのに腰うかせって。「逆らいしぐさ」も笑える。内容からすれば「逆らわずしぐさ」でしょう。それに「年長に逆らうな」は「しぐさ」などではなく「儒教道徳そのもの」です。・・・とツッコミどころ満載です。現代人が創作したことはアホでも分かります。
歴史学者はほぼ全員が否定してますが、あまりに馬鹿馬鹿しいので、また「かかわると面倒な人たちが主張しているので」、真剣に反論はしていません。
さらに面白いと思ったのは落語家さんの考えです。「そんなマナーがあったなら落語話に出てこないわけがないが、出てこない」。説得力があります。
呉座勇一さんは著書で批判しています。☆の部分。
☆本能寺の変の黒幕説や共犯者説は、学界では全然信じられていません。ところが、世間では「黒幕がいたんでしょ」という話がまことしやかに囁かれ、実際にその説を唱えた本がベストセラーにもなっている。そうしたギャップが、近年は放置できないほどに深刻化しているように見えます。テレビや出版社が無責任に珍説を紹介するのが最大の要因だと思いますが、学界の人間がこれまで陰謀論、特に前近代のそれを黙殺し、問題点を指摘してこなかったことにも原因があるのではないでしょうか。
☆少し前に話題になった「江戸しぐさ」という偽史も同じです。江戸しぐさとは、「傘かしげ」や「こぶし腰浮かせ」など、「江戸時代の商人たちのマナーだった」として、2000年代に広く知られるようになりました。ところが江戸時代に実在していたという歴史的証拠はなく、偽史であることが判明しています。
ということでどこの出版社も掲載をやめました。文部族の下村氏のゴリ押しがあったことも明らかにされています。
そんな中「文部省発行の道徳教材には今でもまだ載っている」これは笑って済ますべき問題とも思いません。完全ににせものと判明したものがまだ載っているわけです。
わたしも確認しましたが、58頁と59頁に載っています。
しかもウソがパワーアップしています。
「おつとめしぐさ」・・・誰もみていないてもいいことをしよう
「差し伸べしぐさ」・・・困っている人に手を差し伸べよう
「念入りしぐさ」・・・火の消し忘れや忘れ物がないか念入りに確認しよう
「用心しぐさ」・・・人混みで親と離れないよう用心しよう
上から二つ目まではキリスト教道徳に近い。3つ目は「火の用心」でいい。4つ目モロ現代的だし、「念入り」と「用心」はほぼ同じ意味では。
例の有名な前川次官は言っています。
前川 「江戸しぐさ」をまだやってるんですか! あれはやめた方がいいですよ。江戸しぐさは、文科省が作った道徳教材の中に入れちゃったの。あれはねえ、大失敗。僕が初等中等局長のとき、下村さん(下村博文・元文科相)に言われて作った。あんなインチキなものを伝統的な道徳だって思い込んで学校の教材にしてしまったことは、悔やんでも悔やみきれないです。
それにしても現場の教員は何をやっているのでしょう。生徒にウソ教えて平気なんでしょうか。
「にせものの江戸しぐさ」は明らかに「現代向けマナー」です。マナーそのものは正しいからいいではないか、とはなりません。
マナーを倫理と言い換えるなら、子どもにウソは教えないという最低限の倫理を守っていないオトナたちが、どの面下げて、子どもにマナーを教えられるのでしょうか。