いつだって明日はいい日

介護が終わった日

11時16分、着信があった。
ソーラーパネルを過ぎた左回りのカーブ、夏ならば百合の香りがする場所…
いつもはスルーだが止まってスマホを取り出す。
病院からだ。
折り返して電話をかける。
看護師長さんが「お母様の様態が良くないのですが…直ぐに来られますか?」と静かに言う。
急いで姉に連絡する、山の中で音声が聞こえづらいのが、もどかしい。
焦るとか急ぐと言うより、とにかく確実に事故なく辿り着かなくては…
「慎重に…慎重に…」それだけを唱えるように下り車に戻った。

高速も下道も空いていて順調だった。
100キロも出さずゆっくりと落ち着いて、今は余計なことは考えるまい…
病院に着いたのが12時10分くらいだったか?思いの外、早かった。
玄関で消毒だけして受付を通らずエレベーターに乗る、こんな時はルール違反も許してくれ。
ナースステーションで声をかける。隣の病室、入り口に近いベッドに母はいた。
静かに眠っているようだ、穏やかな顔をしている。
姉が顔を歪め「さっきまで温かかった…」と言う。
母の顔に触れ、額を寄せる。
声にならない声で 

ごめんね…
ごめんね…
ごめんね…
ごめんね…
ごめんね…

何度も呟いた。
母への思いはそれしかなかった。
「謝ることないよ、私も間に合わなかったんだから」と姉は言うが、間に合わなかった事への謝罪ではなく、今までの全てに謝罪の言葉しかなかった。

独りにしてごめん。
家で看てあげられなくてごめん。
優しくしてあげられなくてごめん。
馬鹿な娘でごめん。

後ろで看護師長さんの声が聞こえた「落ち着いたら先生を呼びますので」。
私は顔を上げ「お願いします」と言う。
「大丈夫ですか?」
「はい。申し訳ありません。」
迷惑を掛けてはいけない、滞りなく事を進ませなければ。

主治医による死亡確認
12時25分
老衰
ここに至るまでの経緯、症状もあるが、年齢的にも自然の経過である。
苦しみや痛みの訴えもなく穏やかな最期と思いたい。
前日まで看護師さんの声掛けに答えることが出来たという。
入院したときは直ぐにでも、覚悟しておくようにと言われて5ヶ月、頑張ったね。

「ありがとうございました。お世話になりました。」
深く頭を下げ、涙を振り切る。

泣いてはいられない、悲しみは封印してここからが現実だ。
今やらなくてはならない事が山のようにある。

長かった介護生活がここで終わった。










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