エアコンが効きすぎて寒い、ドライアイスを使っているんだから室温を上げるわけにはいかないんだろう。厚手の上着を持ってきていてよかった。
着替えてコンビニまで歩いて朝食を買ってくる。
この辺に同級生の家があったが今ではどの辺だったかも分からないくらい変わっている。
コンビニのサンドイッチとスープを食べながら今日の予定、これからやらなくてはならない事を確認する。
姉が来るのを待って市役所へ行く。
市役所へは敬老祝い金を受け取りに行くのだ。
本当は昨日を予定していたが呼び出されたので行くことが出来なかった。まさかその日に亡くなるとは思わないもんね…。
「おめでとうございます」の担当者の言葉にしらばっくれて「ありがとうございます」と答える。実は昨日、亡くなりましたとは言えない。
入居していた老人ホームと長年お世話になったホームドクターへ報告に行く。どちらも式場からは数百メートルの距離だ。
老人ホームでは３年の間、元気に過ごすことが出来た。ここでお世話になれたことに本当に感謝している。
ホームドクターは家族が皆お世話になっている。
母は誰よりも先生を頼りにしていて、家にいた時は携帯に先生の電話番号を登録して枕元に置いて寝ていた。いつでも何時でも往診してくださり、御礼の言葉は言い尽くせない。
亡くなったことを伝えると皆さん惜しんでくださった。
午後３時半にお寺さんが打合せに来られるとのこと、その前に家に帰り病院から持って帰ってきた荷物を片付け祭壇を設置する場所を空け掃除をする。
近所で母が親しくしていたお友達に報告に行く。
玄関周りがリフォームされて家の雰囲気が変わっていた。犬はもう飼わないのかな？
チャイムを押すと息子さんが出て来たので驚いた。息子さんは私よりひとつ上で確か関西で働いていたはずだ。
「あの…お父さんとお母さん…お母さんは？」
「母は亡くなりました」
「えぇー！！！いつですか？」
「二年前です。」
母が老人ホームに入居したのが三年前、それから近所との付き合いは全く無い。
近所のお年寄りも暫く見かけないなぁと思っても確かめることもない。
歩きながら周りの家を見ると空き家や建て替えた家が何件もあった。
夜しか家にいないから、たまに昼に歩くと、変わっている事が多いのに驚く。
ずっとこの土地に住んでいるのに浦島太郎だよ…。
悲しくもあり情けなくもあり、複雑な思いが込み上げてきた。
あっという間に３時を過ぎる。
式場に引き返しお寺さんと打ち合わせだ。
３時半の予定が３時にやって来た。
告別式、初七日法要、四十九日法要の予定。
戒名、お布施の金額、石屋さんの手配。
嵐のようにお寺さんが帰っていった、お彼岸で多忙なのだ。
ヤレヤレ、これでおおよその金額が分かる。
ネットやら広告では格安のお葬式なんて出てるが、小さくまとめてもお金がかかるもんだ。
ちゃぶ台の上に花瓶と線香立て置くだけなら安上がりなんだろうがね…、葬式くらいは母の保険でなんとかなる。
お金の話ばかりでウンザリだ、早く終わって欲しい。
夕方、ホームドクターがお焼香に来てくださった。
超多忙な先生に申し訳ない。
家で介護して先生に看取っていただけたらどんなに幸せだったろうに…施設に預けたことへの罪悪感がまたぶり返す。
先生が帰ると担当さんがドライアイスの交換に来る。
告別式までに自宅に祭壇を設置しておきたいとの事。
今夜は姉が泊まってくれるので私は家に戻る。
祭壇は白木（桐）の枠が出来上がっていて、枠を開いて形に縫われた白い布を被せると完成だ。
組み上がった祭壇に線香立てやら並べて十三佛の掛軸を飾って完成、簡単なものだ。
「お花はこちらで用意しますか？花瓶は？」
これまた細かい話があるもんだ。
ひと通り終わると担当さんの表情が緩んで「自転車乗るですか？」とロードバイクに目をやる。気になっていたらしい。
家の中にロードバイクが2台も置いてあるのだ、大抵の人は何か言っていく。
担当さんは若い男性なので興味があるらしく「友達に誘われたんですよ…」「ハルヒルとか出るんですか？」なんて会話、久しぶりに明るいひとときだった。
夜になっても落ち着かない。
家の片付け、喪服の用意、遺影と式場に飾る写真を選ぶ。
古い写真を見ると時が止まる、仕事が進まない。
感傷的になるのを抑えてことをすすめる。
彼岸なのにこんなことになってしまい家の仏様は放ったらかしだ。
明日はお中日、お墓参りに行かなくちゃ…。
