豊臣秀吉の妻たちのこと(1)

6月11日のこのサイトで、徳川家康の妻たちのことについて記した。先日来、井上靖という作家が書いた長編小説「淀どの日記」、大判サイズで450ページに及ぶ小説だったが、1週間かかって読み終えた。
秀吉という人は、いわば人気投票をすればトップスリーにはいるのではないか。信長や家康と違って、いわば「名もなき一人の庶民」の生まれで、最後は日本のトップに躍り出ることができた人だから、一般受けするのではないか。

この人も、他の権力者と同じく自分の身内で体制を固めたいからだろう、とにかく妻妾にあたる女性を集めた。正妻はもともとは秀吉と同じ地位にあった人の娘で「ねね」という名で知られる女性だったが、地位を上げるにつれ次から次へとどちらかといえば高い地位にある人の娘たちを「側室」にした。

家康と違って、女性はいても息子ができない。できてもすぐ死ぬという状態だった。しかし「努力」のかいあって(?)茶々という女性との間で息子が生まれた。これが大坂の陣で悲劇のヒーローになる豊臣秀頼だ。

タネ本は前記の井上靖の「淀どの日記」。面白いと思ったから、数回にわたって内容を紹介しよう。
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