来し方、行く末に思いを続けて…
日記 … Kametarou Blog
「吉里吉里人」
今日12日、ふたつの訃報に接した。一つは井上ひさしさん。例の「たちあがれ…」グループと同じく70代半ばの人である。石原慎太郎さんの右翼的な悲憤慷慨とは逆の立場の護憲派の大人物である。
1982年の春、たいしたことのない病気でひと月ほど北区の病院に入院したことがあった。桜の満開から散っていくようすを病室の窓から眺めていた記憶があるのだが、このとき二つの小説を読んだ。一つは吉川英治さんの「三国志」。これ以降三国志フアンになったきっかけの小説だった。もう一つは井上ひさしさんの「吉里吉里人」。ふたつとも長編で、ただ入院生活を過ごすには最適だった。インターネットもパソコンもない当時、それほど神経を使わない病気(何の病気だったかあまり覚えていない。たしか腰か背中が痛くてお医者さんが気をきかして休ませてくれたのではないか)だったから読書が最適の「作業」だった。
中でも後者の小説は楽しくてベッドで笑いをこらえるに非常に苦労したことを覚えている。東北地方の「吉里吉里国」は日本国と独立のために戦うのだが、何とも楽しく愉快なスジだった。東北弁を標準語にした関係でセリフも実に面白かった。あまりにもおかしくて他人に迷惑になると思い途中で読むことを断念した。
その井上さんが亡くなった。平均的にはまだまだ若い。いろいろな意味を込めて残念この上もない。
もう一つの訃報は、子どもの頃からお世話になった和寒の叔母が逝去したことである。明日がお通夜、明後日はお葬式。有名無名にかかわらず死別する人が毎日のようにいる。そういうこともあってか、寒すぎる春の毎日。
1982年の春、たいしたことのない病気でひと月ほど北区の病院に入院したことがあった。桜の満開から散っていくようすを病室の窓から眺めていた記憶があるのだが、このとき二つの小説を読んだ。一つは吉川英治さんの「三国志」。これ以降三国志フアンになったきっかけの小説だった。もう一つは井上ひさしさんの「吉里吉里人」。ふたつとも長編で、ただ入院生活を過ごすには最適だった。インターネットもパソコンもない当時、それほど神経を使わない病気(何の病気だったかあまり覚えていない。たしか腰か背中が痛くてお医者さんが気をきかして休ませてくれたのではないか)だったから読書が最適の「作業」だった。
中でも後者の小説は楽しくてベッドで笑いをこらえるに非常に苦労したことを覚えている。東北地方の「吉里吉里国」は日本国と独立のために戦うのだが、何とも楽しく愉快なスジだった。東北弁を標準語にした関係でセリフも実に面白かった。あまりにもおかしくて他人に迷惑になると思い途中で読むことを断念した。
その井上さんが亡くなった。平均的にはまだまだ若い。いろいろな意味を込めて残念この上もない。
もう一つの訃報は、子どもの頃からお世話になった和寒の叔母が逝去したことである。明日がお通夜、明後日はお葬式。有名無名にかかわらず死別する人が毎日のようにいる。そういうこともあってか、寒すぎる春の毎日。
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