かみなり

心臓に人工弁を、耳に補聴器をしている昭和23年生まれの団塊世代です。趣味は短歌です。日々のよしなしごとを綴っていきます。

遅ればせながら川崎殺傷事件について

2019-06-02 21:17:20 | ブログ記事
私が旅行に出た日の事件でしたから、
中国のホテルでちらっとニュースを見ましたが、詳しいことは分からずじまいでした。

今も詳しいことがわかったわけではありませんが、
少しは事件のことがわかってきました。

罪もない人たちが突然殺されたり、重傷を負わされたりして、
なんと痛ましいことでしょう。

犯人は分別盛りと思われる年齢の51歳の男性とか。

長い間引きこもり状態であったと新聞に書かれてありましたが、
引きこもっている人は大勢います。

私も一応は主婦という肩書ですが、
見ようによっては引きこもりかもしれません。

ですから、ひきこもりされている人たちの気持ちも多少はわかるつもりでいます。

誰でも社会で活躍したい気持ちは持っています。

が、生まれや社会的状況によって、それが阻止されることは多いものです。

私には難聴という障害があり、
この障害のため、人とのコミュニケーションがとりにくいです。

私のような障害を抱えている人間に、
日本という国は決してやさしいわけではありません。

今朝の記事にも書きましたが、
テレビの字幕一つとっても、
日本のテレビは
われわれ障碍者に「字幕をつけてやっているから有難く思え」と言わんばかりに
画面の真ん中に字幕を入れます。

聴覚障碍者の私も画面がよく見えないので困りますが、
健聴者の夫は、聴覚障碍者の妻の私のために不便を強いられます。

で、弱者である私は、
耳が聞こえないという弱みに加えて、
健聴者の夫にまで引け目を感じなければならないのです。

これはテレビ局というより、国の障碍者に対する姿勢そのものです。

今朝の記事にも書きましたが、
日本のホテルの中には、
この字幕を、わざわざ写らないように設定しているところも多いのです。

ホテルの言い分を忖度すれば、
「わがホテルは障碍者に利用していただくような低級なホテルではありません」
ですか?

そうだとすれば、ずいぶん失礼な話ですよね。

一事が万事、日本には、こういう考え方が蔓延していると言えるかもしれません。

弱者に対してのやさしさに欠けているのです。

今回事件を起こした川崎市の引きこもりの男性が弱者であったとは言い切れませんが、
その可能性もあったかもしれません。

だからといって、今回の犯行が許されるわけでは決してありませんが、
しかし、今回、中国に旅行して、
たまたま自分の聴覚障害という障害を基準に考えて、
日本という国は、弱者に対して決してやさしい国ではないということを痛感させられました。

引きこもりの原因は様々でしょう。

最近問題になっているのは、
就職氷河期に憂き目に遭って、そのまま引きこもってしまった人たちです。

正常に就職できていたら、正常に生きていられた人たちです。

私は、これは国の施策にも問題があったと思っています。

現在、本当に国民のことを思っている政治家はどれだけいるでしょうか?

私利私欲に血道をあげている政治家がほとんどのように見えるというと言いすぎになるでしょうか?

今回たまたま中国の大連を旅行して、
明治時代の日露戦争のころの政治家、あるいは軍人の生きざまを聞かせてもらってきた私は、
現代の日本人には気概がなくなったという感想を持ちました。

政治家たるもの、もっと気概をもって、政治に取り組んでいただきたいと思います。

まず手始めに、就職氷河期に正常な就職をし損ねた人達の救済策を講じていただきたい。

そして、こういう不幸な事件が二度と起こらないように、
ということは難しいこととは思いますが、
そういう理想を掲げて政治に取り組んでいただきたいと思います。

事件に遭われた方々には、謹んでお悔やみ申し上げます。

5月31日大連のテレビ~大連空港〜帰国

2019-06-02 04:00:24 | ブログ記事
昨日は、朝5時45分にホテル出発だったから、私は午前2時(日本時間午前3時)ごろ起きました。

別に無理して起きたわけではなく、夫も私も早寝早起きなので、ふだんでも午前2、3時に起きることは当たり前なのです。

そんなわけで朝ゆっくり入浴して荷物をまとめても、まだ暗い。

それで、テレビを観ました。

中国のテレビは、基本、全部の番組に字幕が付いています。

それも、日本のように、
「お前たち聴覚障碍者のために字幕を付けてやっているぞ」と言わんばかりの字幕ではなく、
下のほうにさりげなく付けているから、画面を見るときの邪魔になりません。

こういうところは日本も見習ってほしいと思いました。

それからチャンネルを回していて驚いたのは、日本の主なテレビ局の番組が全て見られることでした。

日本ではBS1に、切れ切れにアジア、アメリカ、ヨーロッパのニュースが入りますが、
大連のように外国(日本)のテレビ番組がそのまま何局も入るということはありません。

これはなぜでしょう?

日本は、外国のニュースは、さわりだけ知ればいいという考えなのでしょうか?

しかし、情報はお金に代えがたいくらい大事なものなので、今後は中国だけでなく、近隣国の番組はもっと見られるようにしたほうがいいと思いました。

大連(中国)では、韓国のテレビ番組も放映されていました。

朝の時間帯だったからかもしれませんが、韓国の番組には字幕でなく、手話が付くんですね。

私は手話は理解できないから韓国式は困るのですが、手話の理解できる人は、日本のように操作して字幕を付ける手間が省けます。日本のホテルの中には、ご丁寧に字幕をつけることができないようにしてあるところもありますから、こういう部分は、中国、韓国のほうが進んでいると言えるかもしれません。

日本国内にいると、日本という国が最高と思いますが、外国に出ると、外国には外国のやり方があって、必ずしも日本のやり方が正しいというわけではないことを知らされます。

そういう意味では、時々外国に出る必要があるといえるかもしれません。

ということで、早朝8時45分(日本時間午前9時45分)発の飛行機に乗って帰国の途に就きました。

大連国際空港搭乗待合室↓

飛行機は行きと同じ南方航空の小型飛行機で、座席は両側に3人ずつ横6人掛けでした。↓

関空には午前11時25分着。

リムジンバスで大阪梅田まで来て、阪急電車に乗り換えて自宅に帰ってきました。

大連は40年ぶりの暑さだったらしいですが、日本は私達が出発する日に雨が降って、大連と入れ替わりのように涼しくなっていたようでした。

私は晴れ女なので、お天気には恵まれることが多いのですが、その代わり暑さに遭うことも人より多いみたいです。

が、大連が暑かったことは残念でしたが、概ねいい旅行だったと思います。

一番よかったことは、大連で現地の人たちに非常にフレンドリーに接してもらえたことでした。

ガイドさんは、50歳くらいの人でしたが、とっつきはよくありませんでしたが、親切な人でしたし、交代で来たガイドさんは、サービス精神が半端なかったです。食事のたびに、レストランの人かと見まがうほど、料理を運んだり、お茶を注いで回ったり等のサービスをしてくれました。

またガイドさんではありませんが、29日に旅順の203高地で、山の中腹まで乗り物に乗せてくれた運転手氏もフレンドリーでした。運転手氏は日本語がしゃべれないようでしたが、私が早めに車に戻ると、スマホを取り出しました。それでスマホの画面を私にもってきて、見せるのです。画面を見ると、「洗面所とトイレはあちらにあります」と書かれてありました。わざわざ私のためにスマホで日本語に変換して私に教えてくれようとしたのです。それを見て、中国の人って日本人に好意をもってくれていると思えました。こういうことがわかっただけでも今回の旅行は意義があったような気がします。こういう個人の触れ合いが国と国の関係にも影響を及ぼすと思います。日本や、その他の国で見かける中国の人たちのお行儀の悪さは一部の人なのかもしれないと思えた中国旅行でした。