かみなり

心臓に人工弁を、耳に補聴器をしている昭和23年生まれの団塊世代です。趣味は短歌です。日々のよしなしごとを綴っていきます。

少子高齢化でも若い人のお荷物にならなければいい

2019-06-18 20:48:34 | ブログ記事

「少子高齢化」と叫ばれて、われわれ高齢者が生きているのは悪のような風潮だ。

が、せっかくいただいた命、自分で自分を殺すわけにはいかない。

自分を殺したくなるときもあるが、しかし、それはよくないことなのだろう。

なら、あまり「少子高齢化」と問題にしないでほしい。

要するに、大勢の年寄りが生きていれば、若い人に迷惑がかかるということなのだろうが、

高齢者が迷惑をかけなければいいのだ。

たとえば、老人介護も、

老化が進んだ高齢者の世話は、比較的若い高齢者がすればいいだけのことだ。

本当に世話が必要な老人は、もうそれほど長くは生きられない。

だから問題はない。

問題は、まだ元気があるのに遊んでいる高齢者だろう。

私も、その仲間かもしれない。

私達、前期高齢者は、これからは、自分のできる範囲で働けばいい。

「はたらく」とは「傍を楽にさせる」ことだから、

無報酬でも、できる範囲で働けばいい。

そうすれば、若い人にも感謝されるだろう。

「少子高齢化」から「高齢者が傍を楽にする化」にしたらいい。


親が立派すぎると子の負担になるけれども

2019-06-18 12:06:00 | ブログ記事

最近、立派な職業についている、または出世している親の子が犯罪を犯す事件が続いている。

ネットでは、

出世した親に対する劣等感から、そのような事件を起こしたりしたのではないかと

言われたりしているが、どうだろう。

私事で申し訳ないけれども、

私の父は昔の東京帝大まで卒業していたけれど、

世間的には、それほど出世しなかった。

父は終戦の前の年の12月に結婚したため、

結果的に沖縄に配属されることを免れた。

で、自分は死ななかったけれども、

沖縄に配属された戦友をたくさん亡くしたと聞いている。

そのため父は亡くなるまで戦友に申し訳ない気持ちを抱いていた。

出世しなかったのも心のどこかにその引け目があったからと私は理解していた。

が、兄は違う見方をしていた。

兄は慶応大学に進学した。

そこにはお金持ちの息子がいっぱい来ていた。

大学や下宿で、兄は惨めな思いもしたようだった。

それで大学の休暇で帰省したとき、父が出世しなかったことを詰ったことがあった。

父は成長した息子からそんなことを言われるなどとは思ってもいなかったようだった。

が、言われて何か思うところがあったのか、

晩年、若い人に「やはり出世はしておいたほうがいいかもしれない」と言っていた。

公務員だった父は身ぎれいに生きていれば十分という考えで生きていたが、

兄に責められて初めて

家族のためには申し訳ないことをしたと後悔したのかもしれない。

今回の大阪千里山の事件では、

出世した父親に対する反抗だったのではなどと取り沙汰されているが、

子は、親が出世しても反抗するし、しなくても文句を言う、

そんなものかもしれないとも思う。

兄も晩年は、その息子に責められたりすることもあったらしいから、

そのとき、自分が若いころ父を責めたことを多少は反省したのではないかと思うが、

どうだったろう。

息子は父親を乗り越えていこうとする存在だから、

よきにつけ、悪しきにつけ反抗するものかもしれない。

私には、娘のところにも次男のところにも男孫がいるが、

立派に育ってほしいと願う反面、

あまり無理して道を踏み誤らないようにということも同時に思う。

 


親は辛いよ・・・千里山交番警察官刺傷事件

2019-06-18 04:30:29 | ブログ記事

思ったより早く事件が解決してよかった。

犯人が捕まった箕面は我が家からもそれほど遠い場所ではなかったから、

長引けば何があったかもしれない。

それにしても、今回も立派な仕事をお持ちの方の息子さんの起こした事件だった。

前の元農林省事務次官のお父さんと同じで、

社会的立場の大きい人だから、その苦悩も大きいと想像できる。

警官襲撃の飯森容疑者は過去、海上自衛隊に所属 父親の関西テレビ常務謝罪コメント全文〈週刊朝日〉

が、こうした成人した子供の起こした事件の責任はどこまでとればいいのだろう。

世間の人は育て方が悪かったというだろうけれども、

自分の子育ての体験から考えても、

子供というものは親の思うようには育たないものである。

一生懸命育てても子供がぐれることもあるし、

ほったらかしにしておいても立派に育つこともある。

子供は親の背中を見て育つと言われているから、

立派な生き方をしていたら立派な子が育つかといえば、そうでもない。

むしろ逆になることが多いのが子育てというものかもしれないのだ。

今回の事件も、詳細はこれから明らかになると思うが、

必ずしも親が悪いというわけではないという気持ちももってニュースに接したいと思う。

自分も子供を育て上げて思うことは、

子は宝であるのは事実ではあるけれども、悩みの源になることも多いということだ。

それは子を思うがゆえの親の苦しみともいえるかもしれない。

フーテンの寅さんではないが、「親は辛いよ」なのである。