斑爾里(カルガリー)ちゃんねる

平和ボケのただの日本人が、中央アジアのネタと、日本に残る遊牧遺構の記事など書いた。

職場での発言の線引きと色々思う事

2023年12月15日 | ザ・日本人の気持ち

先日ラジオで、どこからどこ迄がセクハラ・パワハラなどのハラスメント要素を含んだ発言の境界線か?

 

という話題をやっていた。昨今では○○ハラという言葉が次々と出来て、大変窮屈になってるということでした。

 

この回を聞いた感想-

 

随分世知辛い世の中になった。そして今の日本狂ってる。と思った。

 

太ったはハラスメントだけど反対にダイエットして「やせたね!」はハラスメントに当たりますか?

女性から女性でも何らかのハラスメントになりますか?

 

更に極端な例を挙げると、髪を切った同僚がいて「髪切ったんだ。似合うね」も言ってはいけないのか?

こちらは男性から女性だ。セクハラにならないかとても心配している。

 

ラジオへの意見で、自称太りたくても太れない男性がいて彼の言い分によると、「やせたね」とか身体の事は絶対に言ってはいけません。というのもあった。

 

ひとつだけラジオパーソナリティがパワハラを指摘していたものがある。

 

それはこれから有給を取ろうとしている部下にわざわざ「有給取って何するの?」と聞く。

こんな事を言って部下に有給を取りにくくする圧をかけている。

 

パーソナリティは北米暮らしをしたことがあり、米国では宗教と性的趣向は絶対に聞いてはいけないが、それ以外は大丈夫という。銃社会だからなのか、良い事と悪い事の白黒がハッキリとしている。

 

ラジオパーソナリティが言うには日本社会は、「和」を大切にしたいと思っている。

 

日本社会は「察し」を和の精神のひとつとしている。基準を明確にせず、なんとなく空気読んで「察し」てね。という。

 

その為、線引きや境界線が定まらないらしい。

 

日本でもかつては「政治」と「宗教」と「野球」の話はするなと言われていた。

 

日本の「和」の精神について長く考えているが、それも明確な答えが出ない。

 

私が考える日本の古くからの和の精神は、「和を持って距離を取る」に行き着くんですが↓まで行き着くと人と人とのコミュニケーションが出来なくなる。

 

ラジオの内容で、「ある会社では「トラブル防止の為、互いに最寄駅、生年月日、血液型、家族構成、趣味、推しの球団(スポーツチーム)などを聞いてはいけません」という趣旨の規則があるという。

 

その為、派遣は話の輪に入れません。どのようにコミュニケーション取って良いか分かりません。」

 

 

この会社。。。コンプライアンスを意識し過ぎて結構なところまで行ってしまった。そこまでやるなら「氏名」や「顔」なども伏せたら良いと思う。話題が上司の悪口か一緒に働く人の悪口しか無くなる。名前も顔も分からんならポジション名で言う。

 

トラブルってどんなトラブルを懸念しているのだろう?個人情報を全て隠せばトラブルにならないのかしら。

仮にトラブルが起きた時に対処したくないから、よくわからない「トラブル防止」を掲げる。

 

和の精神と基礎は同じだが、何事もやり過ぎると、及ばざるが如し。

 

日本人の古くからの「和を持って距離を取る」

というのは、「個人の責任やプライドや信条を尊重して、闇雲に手出しや口出しをしない。」

 

本人を信頼して「任せる」という精神。

 

そういうのを「我関せず」という。日本人独自の美徳の一つです。

 

「我関せず」には他人の目や世間体を意識しないという意味合いもある。

 

↑の会社は、トラブルを未然に防止するために互いのプライバシーに踏み込まないように個々に境界線を引いたケースだと思う。境界線を引けば確かに喧嘩は起こりにくい。互いに距離を置くように会社側から仕向けたのか。日本人はそこまでされなくても、自然に境界線を引き、距離を取り、トラブルを未然に防止するタチなので、そこまで気にしなくても良い。

 

「和を持って距離をとる」の「距離」の意味を履き違えたケースだと思います。○○ハラとかコンプライアンスに引っかかるとか言われると、今まで出来ていても、些細な事にも異常に注意深くなってしまう会社があっても、今の時代おかしくはない。

 

「我関せず」もまた、履き違えやすい言葉だ。

目の前で溺れている人を見殺しにする事に美徳を感じる人はいない。

 

自分には関係ない人なので助けません。という意味ではない。

 

日本人はまた、「個」の領分を尊重したがる。逆に言えば他人の「個」の領分を極力侵害したくはない。それで「自分の頭で考えてね。」文化になって、トップからの線引きが曖昧になる。まぁ、ヘンな気遣いだと思われるものの一つ。

 

日本人は他人からあれこれ指図されるのが大嫌いなので、お上もそれが分かっていて口出しをしない。上から言われなきゃ分かんない米国人のように、お上が白黒決めなくてもよい。

 

 

ラジオの内容ではなくて、半年程前ツイッターで「うちの会社はパワハラなのか?」という記事を読んだ覚えがある。結構印象深かった。それは誰かの引用リツイート「こう言う奴に限って結局会社を辞めない。」のコメントと一緒にあった。その人のツイートをつぶさに読んでみた。覚えている限り書く。

 

その会社はコネ会社で零細企業でアットホーム。人数も少ない。コネ会社というと聞こえが悪いが、ツイートを読む限りでは悪徳企業では無さそうだし、待遇面でもブラックでは無さそう。上司の暴言・暴力等、無さそう。コネとは、一般求人を一切行っておらず、100%知人、友人などによる紹介のみのようだ。

 

そして彼女は何が気に食わないかというと、従業員の誕生日パーティー、企業内パーティーなどと口実をつけては飲みの席へ強制参加させられる事。これがパワハラ。もう一つは、毎週月曜日に、「休みの日何してた?」と聞かれる事や、時々「家族はどう?」と聞かれる事も干渉だしパワハラだと言い、仕事とプライベートをキッチリ分けたい人はこんな会社で働かない方が良いという言葉で締め括っていた。

 

随分と昭和な会社だなーと思った。年中○○パーティーという名の飲み会だの食事会だのをやってるバブリーさ(羽振りのよさ)

 

ここは都内なのか?地方なのか?彼女自体今どこに住んでいるかの情報は「日本。以上。」

 

この会社をジャッジするのは難しい。

 

一つ目の「飲み会(食事会)への強制参加」は強制力を伴うので、パワハラである。強制力は無くとも、親しき仲にも礼儀ありというような同調圧力が働く。まぁ、パワハラの類いでしょう。。。

飲酒を強要されたらアルハラだし🍺

 

もう一つの、休みの日の件と「家族はどう?」という声掛けについて。

 

これは、挨拶のひとつだろうと思うので、パワハラというには無理があり過ぎる。

 

休みの日🎌の件は、休みが終わった後だし、有給休暇と関係のない土日とか三連休、ゴールデンウイーク、お盆、年末年始などの事ではないかと思われる。有給休暇明けたらそれはそれで、どうだった?と聞かれると思うし、それは至って普通の会話だとしか思えない。

 

家族はどう?というのも、コネ会社のアットホームな非常に近しい関係性においては当然の挨拶であって、これをパワハラだの干渉だのと言うのは、どうなんですかね。

 

干渉という言葉の定義がよく分かりません。

 

彼女にしたら「干渉」に思えるのでしょうか。

 

こういう声を耳にする機会が増えたから、多くの企業や、上司が色々悩んだり考え込んだりするようになったかと思える。

 

しかし彼女はZ世代でもなんでもない。けっこういい歳。

 

Z世代ぐらいなら、「干渉」と言ってもおかしくない気がします。

 

こういうのは当人にしか分からないのでしょう。

 

上司が迂闊に休日や家族のことを言ったら、会社側からお叱りを受けたり、説教される時代になっていくのでしょうか。

 

世知辛い。。。

 

その彼女というのは、自称隠キャと言い、「人との交流」を「納税」や「加齢」と同じように苦痛だと感じているそうです。

 

もともと人との交流が苦手なのか、それとも飲み会や食事会の強制参加によって人との交流が苦痛になってしまったのでしょうか。

 

度重なる飲み会や食事会を苦痛。面倒くさいと感じているのは他の人も同じだと思うが。

 

彼女は距離感が近過ぎるのが苦手な性分なのでしょう。知らんけど。ガチの昭和世代なら、もっともっと近い距離感だった。社員旅行とかもあったし、社内恋愛、結婚もあった。上司が仲人を勤めて嫁を紹介したなどの話もあった。あの時代にセクハラだの干渉だのと言っていたら何も成立しなかった。

 

時代は変わりゆくものだ。


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